小説「暗黒の望国」1 旅立ち
旅立ち
2xxx年。ドーナツ状の宇宙船が月上空で造られた。ニュー・ワールド・フロンティア(NWF)と命名された巨大な宇宙船。
中心に核融合炉施設があり、そこから放射状に3本の腕がドーナツの様な円盤状の円筒と繋がっている。
球状の中心から伸びる腕はドーナツ形円筒の内輪と外輪を繋いでいる。
内輪の円筒は、生命維持に必要な様々な設備や新たな製造物製作エリアなど、コンピュータを中心に設置されている。一方、外輪は、人間の生活居住区となっている。
また、この宇宙船には重力発生メカニズムを備えていて、ある程度自由な重力をえられるように造られていた。
今、宇宙船にフロンティア精神で溢れた人たちが、太陽系外惑星の開拓地を目指して乗り込んだ。
地球の半分ほどの重力を得た宇宙船は人類を乗せて、初めて 太陽系外惑星を求めて旅立つ。
長旅である。いつ目指す理想の惑星に辿り着くか分からない。そして、幾世代、否数千世代経るのか分からない旅。
乗船する人たちは様々な厳しい検査や調査をパスして来た人たちばかりだ。
宇宙船内環境も、地球に近い環境造りがされている。世代が移りゆく中で、その環境も変化していくであろう。それにも耐えられるように準備はしてある。
考えられる限りの生き続けられる環境は用意した積もりだが、いかんせん、宇宙船という閉ざされた空間。
上手く命を繋いでいけるかが未知の問題として残る。
宇宙船はゆっくりと月軌道から離れ、人類初の太陽系外惑星への移住を目指して旅立った。
2度と戻る事の無い運命の見えぬ旅立ち。太陽だけがまぶしく光る暗闇の中に、ぽっかり浮かんだ美しい地球。
その美し過ぎる地球に、人々は一抹の郷愁を覚えながら別れを告げる。
非常に大きな宇宙船とは言え、地球に比べれば小さな小さな空間。その狭い空間で、人間は長期にわたり過ごさなければならない。
人間は複雑な感情を有する生物。一人一人が個の我を押さえ、協調して行くことが非常に大切になる。
彼らはそれを備えた優秀な人達だった。
宇宙船の出航にあたり、船長は事前に船内法なるものを作成した。何時目的が果たせるか分からない故に、船内法は多くの専門家の意見を参考に練り上げられたものだ。
長い旅路となるが、その間無為に過ごす訳ではない。科学、医療の発展は勿論のこと、開拓できる惑星を発見した時の準備も必要。その為の技術の進歩革新も絶え間なく続ける。
成すべき仕事は多かった。それらの業務遂行が、人々の心を落ち着かせもしていた。
途中で、氷の覆う衛星から氷の塊を大きな網で採取し、宇宙船に吊すようにして運び、水循環や水素燃料、酸素補給に使う。
太陽系を脱出したら、恐らく氷を手に入れるのは出来ない。
地球の姿は闇の中に消え、人類生命の源である太陽も、点のような僅かな光と変わりゆく光景は、皆の心に思慕の念を抱かせる。だが、それは刹那のこと。彼らは恐れを捨て気高く前を向いた。
NWF宇宙船はオールトの雲を抜け、暗黒の闇へと飛び込む。
幾世代の命のバトンが繋がれただろうか。NWF号は、赤暗く光るある恒星に注目した。
「地球型惑星を発見。中心の恒星は温度が低い赤色矮星。その恒星を公転する、低温だが人類が生存可能な惑星と推察」
宇宙船に積まれたコンピュータが割り出した分析だ。
宇宙船内にその報が響いた。皆、一斉に歓喜する。
「調査艇を送りましょう。詳細なデーターを採取させましょう」
乗船員達の心に、赤っぽく光る星がやけに眩しく見えた。
目的の惑星から少し離れた位置に宇宙船を留まらせ、その惑星に調査艇を先鞭として送りこんだ。
そして、十数年の歳月を掛け、惑星を徹底的に調べあげた。その間、この惑星の重力に体を慣らす為に、彼らの宇宙船は徐々に重力を増した。
地球より一回り大きいこの惑星には何故か大気が少なかった。赤色矮星に近い公転軌道なので、長い年月の間に大気が剥ぎ取られて行った可能性がある。
地球とは大気組成が違っているのは当然だ。
惑星内部の活動は静まっているのか、人体に悪影響を及ぼすガスの含有量は少ないが、それでも浄化しないと危険な値。
窒素が少ない分二酸化炭素やメタンの比率が高い。その一方、酸素もあるが僅かだ。人間が呼吸して行くにはとても足りない。
抑も、生物の呼吸に適した大気組成では無い。
二酸化炭素やメタンを利用して水を造る事は可能だし、地下には酸化鉄も豊富に眠っている。窒化化合物も見つかっているので、植物の生長に欠かせない窒素も生成出来る。
主恒星が赤色矮星なので、恒星から受ける熱量は少なく温度の低い惑星だが、人類はその他の生物が生存するに足る状態。
流石の超長旅、そして次を目指しても再び条件を満たす惑星に辿り着くかを考えた時、彼らはこの星に移住・定住を全員一致で決めた。
地球のように、光合成で酸素を作り出してくれる生物が生まれなかった可能性がある。
否、少なくとも地表面での生物は発見されなかった。理由は分からないが、生物にとっては死の惑星とも見える。
しかし、メタンや硫化水素などの化学物質をエネルギー源とする生物が存在している可能性がある。
「地表面での生物は感知され無かったが地中部分は不明。人間が一番警戒すべき未知の微生物の存在を確認するのは、地表に降りてからだ」
何代も繋いで来た現船長が皆に語る。
NWF号はゆっくりと惑星に降りた。かなり低温な惑星。宇宙船は惑星の赤道付近の比較的平坦な場所を選んだ。
乗組員達から歓声が上がる。
とてつもない長い時間を宇宙船内で過ごして来た彼らは、地表なる物を知らない。
彼らの目には、荒涼としているが無限な広がりを見せる大地に、言い知れぬ感動が溢れる。
記録としての地球や、その他太陽系の姿は何度も映像で見た。陸地と青く広がる海。その地球は実に美しい。
しかし、今降り立った大地は地球の環境とは大きく異なる。
「ここから私たちの手で、この大地を地球の様に変えて行こうではないか」
赤色矮星からの光は暗く、しかも、大気が薄いせいか惑星自体が昼時間でも薄暗い。
宇宙船内では明るい人口灯の元で生活してきた彼等にとって、目が慣れるかどうか不安になるくらいだ。
人間が呼吸できるような大気組成では無いので、直ぐに地表面での活動は難しい。所謂、宇宙服のような物を着用しても活動時間は制約される。
彼らは、かねてより地表面を工作する大型機械を用意していた。彼等は、十数年の上空からの調査中に、その様な機械や工作ロボットを先行して地表に降ろしていた。
大型作業機械類は、惑星の大地に大きく深い穴を掘った。
今、円盤状のニューワールド号は地表で4分割し、機械が掘った深い穴に潜り込む。
彼等は、取り敢えず地中での活動を選んだのだ。
未だ殆ど分からない惑星。そして惑星を取り巻く環境。若しかしたら文明の発達した、所謂宇宙生物なるものが近くに存在しているかも知れない。
また、いつ何時、隕石が降ってくるかも分からない。故に取り敢えず比較的安全な地中を居住地をとなった。
宇宙船をそのまま埋めて、4分割した円筒状の物を並べ繋ぎ、居住空間を広く確保する。
更に何年も掛け、放射状に地中を掘り進み、やがて宇宙船本体の10倍のスペースを確保する。
地下要塞にも似た居住空間は、人々に開放感を与えると共に、彼らにこの惑星で命を繋いで行くという覚悟を持たせた。
その一方で、地上に出る坑道を造る。彼等は地上の開拓も怠ること無く進めていた。
地上に何カ所か大気変換装置を置く。惑星の大気を人間が呼吸できる程度に改質しようとする壮大で時間の掛かる計画。
今のままでは地上で植物さえも育てられない。何百年何千年掛かろうと、あの素晴らしい地球のような環境に近付けたい。
それが、この惑星に降り立った全員の願望である。
惑星の地表面にはバクテリアなどの微生物は存在してなかったが、地中にはやはり危険な微生物が生き長らえていた。
地表面には無い水が、地中で氷として、或いは惑星内部からの熱もあり水としても存在した。
それら水分を採取し地上に運ぶ。地上に大きな、外気と隔てた温室の様な構造物を造り、その地表面に地球から保存し持って来たバクテリアなどの地中微生物を混ぜた。
植物を育てる土造りだ。
やがて、地球から持参したそれらの微生物が、何れ元々居たこの惑星の微生物を駆逐してくれれば願ってもない事。
ただ、逆な事態も起こりえる。詳細な観察が必要となる。
この惑星の、人類が住める環境への大改変はゆっくりと進んで行く。