大空ひろしのオリジナル小説

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過去から今日は 11

「また、あの女性と楽しむ積もり? お金払って」
 静子は更に食い下がるように聞く。


 駿人は面倒臭そうに、
「いや、彼女とは一回で十分」
「思ったより、そっちの方はさっぱりしてんだね。覚えたてというのは、とかく遣りたくてしょうがなくなるもんだけどな」
「お、静もそうだったのか?」
「『お』、で、切るのは止めてよ」


「未だ、どう呼べば良いか慣れてないの」
「慣れろ、慣れろ。人間は慣れの動物。慣れれば違和感湧かない」


「分かったよ。もう慣れた! で、お静の場合はどうだったの?」
「そんな細かいこと聞いても、駿の役に立たないよ」


「お静の生き方が、俺の人生に深く関わっているんだろ? 色々知っておけば役立つだろう?」
「前にも言ったでしょ。一つ一つの行動が、鏡に反射するようには返って来ないって。大雑把な流れに縁という物が加味され、未来身を形作ると」


「成る程、確かにそう言ってたな。で、どうだったの?」
「駿は少し、人間的に狡くなってない? ウチに聞きたいのなら、駿が先に言いなさいよ」
 言い争う雰囲気になって来た。過去身と未来身に警戒感が薄れた証拠なのか?


「良し分かった。俺は男。快感を得られたのは当然。でも、お金を払う時、何というか空しさも少し感じた」
「愛の無い行為は、男でも不満が残ることがあるんだ?」


「そうか。そういえばあの女性に、好きなんて気持ちに全くならなかったもんな。じゃあ、今度はお静の番だよ」
「ウチの場合は結婚してからの初体験だからね。同居の義理の両親の目を盗んで毎晩だったよ。普通の夫婦と変わらないと思うよ」


「へー、そうだったんだ。それじゃあ、子供は出来たんだろ? まさか、避妊具使っていたとか?」
「避妊具なんてそんな物、当時は無かったよ。子供はね、出来なかったの。旦那が種なしだったみたい」


「激し過ぎたんじゃ無い?」
「駿。まるで耳年増みたい。女性経験たった一回の癖に、よくそんな言葉が出るね」


「現在は情報過多時代。興味があれば幾らでも知識は入手出来る」
「ハハハ。良いんだから悪いんだか。でも、ウチらの場合は違うよ。義理の母が、『うちの息子は小さいとき高熱を出して生きるか死ぬかだったの。だから、子供が出来ないのかね?』と言ってた。生めよ増やせよの時代だったからね。子供が出来ないとうるさいのよ」


 子供時代に高熱状態が続くと、精巣にダメージが残ると当時言われていた。医学的な事は分からない、言い伝えの様な物だ。


「お静は何時の時代の人なのよ?」
「ウチは戦争時代に生きていた。結婚は太平洋戦争が始まった頃。男達は何時戦争に駆り出されるか分からないから、せめて結婚させてやりたいという大人達の事情よね」


「好きだったの?」
「親とか親戚が入って決めたから、好きも嫌いも無かったわ」


「俺も、好きも嫌いも無かった」
「違う、違う。駿の場合とは全然違うよ。駿の場合は男の性(さが)。ウチの場合は当時の社会通年」
 時代や社会情勢に振り回されるのは、何時の時代も同じのようだ。



「そうか。お静達夫婦が活発だったから、俺は興味が薄くなったのかな?」
「違うと思うよ。駿はついこの間まで、女、女って目の色変えて騒いでいたじゃ無いか」


「そうだっけ? まあ、俺は女性というものを知らなかったからな。こんなもんかと知って、若しかしたら他に楽しみ有るんじゃ無いかって思ったのさ」
「その若さで、女嫌いになっちゃったんだ?」


「嫌いになったんじゃ無いって。ただ、金を払ってまでしたくないと思っただけ。彼女が出来たら勿論お静達のようにガンガン頑張るさ」
「言い方がねー。失礼に聞こえるぞ」


「良いだろ。世代は違うが一心同体と同じなんだから」
「なんか逆手に取られた感じ。所で、駿が言う面白い事って見つかりそうなのかか?」


「ほら、お静が、『もう少し身体を引き締めないと誰も振り向かないよ』って、言ったろ。だから俺、今自転車で身体を鍛えてんだよ。そしたらロードバイクサイクリングに嵌まっちゃって」
「おー、健康的だね。ウチは駿に良い利益を与えたんだね。良きこと良きこと。これで、ウチは過去に戻れるかな?」
 静子はブツブツ言いながら消えた。