大空ひろしのオリジナル小説

オリジナル小説や音楽を

同居人 6

「ねえ、奈津はお母さんに料理を教えて貰えなかったの?」
 拓斗が尋ねる。


「うん。お母さんは私には興味が無かったのかもね。お父さんとお母さんは喧嘩ばっかりしていたから、離婚の事で頭がいっぱいだったんでしょ」
「そうだったね。奈津の両親は離婚してたんだよね。でも、お母さんが出て行った後、食事の用意は誰がしてたの? お父さん?」


「お婆ちゃんや叔父さんのお嫁さん。お父さんは料理なんか出来ない」
「そうか。奈津達、お婆ちゃんの家と同じ敷地に居たんだもんね。長男さんの奥さんも色々世話してくれたんだ」
「叔父さんが亡くなってから特にね」
「知ってる。俺が未だ実家に居た時だったよね。長男さんが亡くなったの」
 奈津子の父親は次男だ。


 奈津子の両親は出来ちゃった結婚と言う形で結ばれた。
 しかし、子供が出来たが生活出来ないと、奈津子の父は両親に泣きついた。
 父の実家は農家ということもあり、土地には余裕があったので、祖父母は次男夫婦の為に敷地内に家を建ててあげた。


 祖父母の家には既に長男夫婦が跡取りとして農業に勤しんでいた。奈津子の父は次男ということもあり、自由に生きていた。
 結婚という形を取る前に、奈津子の母親と暮らし始めて奈津子を妊娠した。だらしのない男だったが、それでも子供が出来たとなると少しは考えたのか、実家に戻って少しは真面目に働き出す。


 長男の嫁は、姑との仲が良かったとまでは言えないが、それでも無難に嫁姑の間を切り抜けていた。
 一方、奈津子の母親は姑との仲が余り上手く行かない。
 何かに付け姑は、長男の嫁と次男の嫁を比較したり、だらしない次男を、嫁の態度が悪いからだと詰(なじ)ることもままあった。
 父親を育てたのは祖父母。本来は祖父母の躾けが悪いのだが、人は往々にして他人の所為にするのが好きだ。


 姑の性格は余り良くなかったが、長男の嫁は上手く対応していたと言える。その分、姑は奈津子の母親に何かと不満が向いたのかも知れない。
 偏に、母親の我が子可愛さが成せる業かも知れない。



「お母さんが居なくなって、お父さんは料理作れないとなったら、奈津が代わりに食事を作って上げれば良かったのに」
「お婆ちゃんは私に手伝わせず、全部遣ってくれたの」
「そうかそうか。お婆ちゃんはきっと、奈津のお母さんを追い出したと思って責任感じたのかも知れないね」
「違うと思う。お父さんが可愛かったのよ。長男の叔父さんが死んでから、益々私たち家族の中に入り込んで来たんだよ」


「そうか。跡取りの長男が亡くなったので、奈津のお父さんが跡取りとして可愛いくなってしまったんだ。でもさ、長男さんのお嫁さんは?」
「子供も居たし、今更家を出て行くのは厳しいって考えたんでしょ。私のお父さんとは対立を避けていたし、お婆ちゃんとも表面的には仲良かった」
「その義理の叔母さんと奈津のお母さんとは?」
「私の知る限り、仲が悪いとは見えなかった」


「処世術って奴ね。長男のお嫁さん、利口だわ」
「でもね、お母さんが家を出て行ってから、叔母さんはお父さんとね。それが少し嫌なの」
「奈津には悪いけど、若しかして、できてるとか?」
「多分。私にはそう見えた。だから家に居るのは嫌だった」


 奈津子が家を離れ東京に出て来たのは、父と別れた母が東京で暮らしているからだった。
 母娘の間には何も問題が無い。だから、二人はマメに連絡を取り合っていた。ただ、いま母には男が居るらしく、一緒に暮らすのは断られた。


 この時、拓斗は初めて奈津子の、家庭事情の詳細を知った。
 咲季は以前から奈津子についてそれらを知っていて、それ故に同情もあり特に奈津子に肩入れをしていたのだった。


「それじゃぁ、奈津が此処に居ると言うのをお母さんは知ってるよね」
「話している。しっかり独り立ちするんだよって言われた」
 拓斗は、奈津子の母親が結構冷たい感じに思えた。
「お父さんや祖父母は?」
「健康に気をつけろよって。私が咲季の所に住むって言ったから、案外安心しているのかもね」


 咲季と奈津子は各自の家を行ったり来たりしていた。当然咲季の事を良く分かっている。
 口やかましい咲季だが、確かにしっかりした面もあり、任せられると思ったのだろう。