大空ひろしのオリジナル小説

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同居人 7

「知らなかったよ。結構厳しい状況なんだね」
「でも、大学だけは出してくれた。私、勉強が嫌いだったから短大を選んだ。高卒でいきなり社会に出るのは不安だったので、準備期間として」


「社会に出たら実家を追い出されていたかも知れないね。冷たい肉親ばかりだな」
「私、気にしないことにしてる。激しく突っかかりたい気持ちもあったけど、軽く扱われそうだし。みんな自分たちのことばかりなんだもん」


「俺さ、結婚相手が出来たら奈津に出て行って貰うって言ったけど、それ、当分無いから」
「彼女に振られたの?」


「えっ、俺、彼女いるって言ったっけ?」
「この前、スマホで友達と話してたでしょ? 『好きな女が居るのだけど、同アタックすればいい?』って聞いてたでしょ」
「あれ、聞こえちゃったのか。実は、未だ彼女に声を掛けていないんだ」


 拓斗の会社には女性も結構居た。だからなのか、新人研修時にセクハラに対して厳しく指導される。
 よって、仕事以外の女性社員との私語は厳禁となっている。私語が成立しなければ、恋愛に発展なんて無理とも言える。


「目は口ほどにものを言う」という言葉もあるが、幾ら感情を込めて、テレパシーの様に視線を送っても、話も足に出来ない相手に得度筈が無い。
 況してや拓斗の好きな女性はモテるタイプで、それで無くとも皆の視線を集めているのに、ぺーぺー社員が何をしようと所詮無理。


 と言う訳で、未だに拓斗は憧れの女性と仕事の話しかしていない。
 こそっとでも、切っ掛けを作る言葉を言えれば良いが、好きな女性だけに、緊張をしてしまう。
 では、グループでの飲み会とかに誘えば良いが、既に他の同僚が言葉巧みに誘ったらしいが、見事断られたと。
「私、お酒飲めないし好きではないので、ごめんなさい」


「ごめんなさい」は断りの言葉として便利だ。
 しかし、この言葉を言われたら、断絶に近い。以後、誰も飲み会に誘えなくなってしまった。



「若しかしてその女性、彼氏居るんじゃ無い?」
「そうかも知れないな。男が彼女を放って置くなんて考えられないもんな」
「私もそうなりたい。でも、余り人気になると面倒臭くなるかも」
 奈津子は美人でも無ければ不細工でも無い、ごく普通のタイプ。


「そんなわけで、暫くは此処に居られると思うよ。その間に奈津の自立の目処をたてておこうね」
「私、結構トロいから。出来るかしら?」


 奈津子自身が認めてる通り、彼女は何かが物足りない。その何かは、遣る気なのか?
 一応、奈津子はパティシエを目指している。本気度は窺い知れないが、目標があるだけ増しだ。


「あのさ、おれ、考えたんだけど、今のままじゃ菓子作りなんて当分遣らして貰えないだろ。だからさ、ここで修行してしまおうよ」
「修行? でも私、未だ何も知らないよ」


「そうだろうね、お客相手と掃除が主だろな。でもマスターの仕込みの時に少しは手伝うんじゃ無いの?」
「そういうのも未だ」
「時々は、マスターの仕事を見る機会があるだろ?」
「うん。でも、見ているだけでは分からない」


「だからさ、合羽橋とかで道具を揃えて、そして、店で使っている材料を買ってさぁ。見よう見まねでもいいから、実際に作ってみようよ」
「うん」
 奈津子の顔が笑みで緩む。


「少し出来るようになったら、独自の形を模索しよう。形、デザインは、専門の咲季に考えて貰って」
「でも、咲季の専門はファッション関係でしょ?」
「デザイン専攻したんだから、慣れれば出来るよ。同じようなもんだろ」
「違うと思うけど・・・。咲季、手伝ってくれるかしら?」
「大丈夫。心配しないで。考えるよりも先ずは実践してみよう」



【大空ひろし】大地と