大空ひろしのオリジナル小説

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同居人 23(最終)

 その夜、咲季が自分の部屋に戻るのを確認し、拓斗は帰宅してリラックスしている奈津子に話し掛ける。
 内容は、先程聞いた咲季の話題だ。


「咲季ちゃん『おめでとう』じゃない。良かったね。でも、何故私には言ってくれなかったのかしら」
「俺に喋り過ぎて、喜び過ぎて疲れちゃったんじゃない?」
「そうかもね。そうそう、私も拓に話があるの」
 奈津子は改まり、拓斗に向き合う。


「実はね、私、プロポーズされてるの。返事は未だだけど」
「ちょっと待てよ。俺たち結婚するんじゃ無かったのかよ」
「勿論その積もりだった。けど、ごめんなさい。少し熱が冷めちゃったみたい」 
 その気になっていた所に梯子を外され形となるのは、拓斗に取ってかなりのショック。
「そのプロポーズ男はどんな奴なんだ?」
 ライバル心やら嫉妬心やらがムラムラ湧き上がる。


 奈津子はプロポーズされた経緯を話す。


 今奈津子がパートで働いている洋菓子店。その奥さんに甥・隼人が居た。その甥なる隼人は、フランスにパティシエ修業に出ていた。
 隼人の志は高く、何時の日かフランスの地に和洋取り混ぜた洋菓子店を開きたいという夢を持っていた。
 最近、その甥が休暇を貰って日本に帰って来た。親戚である洋菓子店に招かれ、暫くその家に滞在していた。
 そこで奈津子を見初め、結婚したいと言い出したのだ。


 奈津子は日本人の中でも平凡なビジュアル。一目惚れでは無かったようだ。


 単身外国に武者修行に出るその勇気や情熱。並の若者では無い。
 とは言え、文化の違う人達の中で暮らせば、日本が恋しくなるしパートナーが居ればと思うことも多い。
 現地の女性と付き合うにしても、考え方も姿形も違うと、出会う機会さえ限られる。
 そんな中での修行だが、隼人は日本に戻る積もりは無い。


 隼人は、素直で一生懸命働く奈津子に目を留める。聞けば奈津子もパティシエを目指していると言う。更に店長の話では、奈津子達は個人的に新作お菓子を研究するという熱心さ。
 隼人の理想にピタリと当て嵌まる奈津子。彼がプロポーズしたのは無理も無い。
それに、休暇期間は1ヶ月。悠長にしている暇は無い。


「それで、プロポーズに奈津はどう答えた?」
「直ぐに応えられないでしょ。一応拓にも相談してみようかと」
「そんなの俺に言われたって。ああしろこうしろなんて言える立場じゃないよ」
「そう。『断れ』とは言わないのね」


 それを聞いて拓斗は、
「断れって言ったら、プロポーズ、奈津は断るのか?」
「そこが微妙なのよね」
 思わず拓斗は、
(何が微妙だ。こういう時に使う言葉か)
 と、奈津子に対し、段々腹が立って来た。


「私、拓を好きよ。でも、私、パティシエ目指していたでしょ。フランスで店を持つなんて素敵だし、その姿勢も魅力。彼自身も結構悪くないし。私、迷ってしまう」
 奈津子が、隼人という若者に心を惹かれ初めて居るのが拓斗にも分かる。


 つい先日まで2人の女性に好かれていると悦にいってたのに、突如2人から見放された感じになる。
 咲季もこの部屋を出て独り立ちすると言うし、奈津子にも袖にされつつある。 拓斗は肩を落とす。


「いいよ。でも、隼人とか言う若者に、それとなく俺と奈津の関係を話すべきだよ。男関係が全くなかったみたいな振りは、男は知った時にショックを受ける場合が多いからね。承知の上で結婚すれば、長く一緒に居られるだろうから」
「本当の事を伝えたら、この話は消えそう」


「何も包み隠さず話せなんて言ってない。ただ、彼氏が居るとか居たとかを表面的に伝えればそれで十分だよ」
 話の成り行きなのか、拓斗は奈津子に、隼人のプロポーズを後押しするような格好になった。


 拓斗の気持ちの中は未練で一杯だが、自分と結婚しても奈津子のお菓子職人の夢は叶えられるか否か分からない。
 それなら一層、奈津子の夢や幸せを考えて上げるべきだと、そう考える。


 何かに付け、相手に譲ってしまう拓斗。彼もまた優しい人だった。だが、それが女性に取ってプラスに働くかどうかは分からない。


 数ヶ月後、残暑でまだ暑さが残る日々。拓斗は、誰も居なくなって持て余す感じの部屋に一人で居る。
 自分に取って大切な存在でもあった二人の女性が、部屋から消えた。返す返すも「惜しい」と痛感する拓斗。
 もっと早く動いていたなら、この様な孤独感、虚無感を感じる事はなかっただろうと、薄い雲が色を消した空を、拓斗は眺める。
                       了


                  

【大空ひろし】霞の春 /feat.さとうささら