大空ひろしのオリジナル小説

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同居人 22

 再び、蒸し暑い日々が襲って来た。
 咲季が珍しく早い時間に帰宅する。そして、拓斗が帰ってくるのを今か今かと待つ。


「お帰り。あのね、ビッグニュースがあるの。聞いて」
 シャワーを浴びてさっぱりしたい拓斗を咲季は呼び止め、キッチンの椅子に座らせる。
「何だよ。急いで話さなければならない事件でもあったのか?」


「あのね、私ね、初めて私のキャラクターが商標登録されたの。名前は『ト トちゃん』。トとトの間にトマトの茎の絵が入るのよ。トマトをデフォルメしたキャラクター。可愛いって認められたのよ」
 尋常じゃ無い咲季の喜びよう。


「おめでとう。良かったじゃ無い。やはり咲季には才能があるんだよ。所でマンガの方は?」
 拓斗には、キャラクターの話など興味は無い。
「ああ、あれね。暫くお休み」


 咲季は作品が録された経緯を拓斗に延々と語る。拓斗は座ったまま聞いては居られない。取り敢えずキッチンに居るので、夕食の支度をしながら彼女の話を聞く。   
 咲季の話の内容は、依頼されたホームページ作成時に、見栄えを良くしようとトマトをキャラクター風に可愛くアレンジして顧客に示した。


 そのアレンジが先方に気に入られ、自分たちのシンボルキャラクターにしたいから商標登録させて欲しいと言って来た。
 いくらかの報償を貰えるが、それ以上に咲季は、自分の作品が公に認められた事が何よりも嬉しい。


 出来上がった料理を口に運びながら拓斗は聞く。
「で、どんな形のキャラクターなんだ?」
「一つのトマトを顔にして、緑のへたを髪の毛に。此処までは誰でも思いつくのよね。私はそれに短めの手足を付けた。腕にはプチトマトの服。ショートパンツもプチトマトで可愛く描いたの。最初はプチトマトを靴にしようかと考えたが、食べ物を靴にするのはさすがに拙いでしょ」


「俺には想像が付かないが、取引先に認められたのなら、嘸かし素晴らしい作品なのだろう」
「うん。それで、キュウリのキャラクターも考案中なんだ」
「野菜か、取引先の会社はどんな会社なんだ?」
「会社と言うよりは、農業関係の団体。野菜とかを地域纏まって売り込もうとしている所よ」
「なら、『トートちゃん』キャラクターも気に入られ筈だな」
「それでね、もっと大事な話があるの」


 咲季は身を乗り出し気味に、話を続ける。


 咲季の勤め先の会社業績は上向きだった。それ故、咲季も採用された。更に業績上昇を見込めるので、オフィスをもっと中心地近くに移動させる事になった。


「でね、そうなると此処から遠くなるでしょ。通うの大変になるから私、会社近くに部屋を借り、一人住まいをする積もりなの」
 咲季の突然の話に、心のどよめきが起きる。


 咲季が今の部屋から出て行ってくれるのは、拓斗にとって願ってもない事だった筈。
 だが、いざ咲季がいなくなるのを想像したら、寂しさが込み上げて来る。
(何だろう、この気持ち)
 拓人自身も分からない。


 去るもの、離れていくものに未練を感じるのは人の常。拓斗は理論付けを試みる。
(まさか、咲季が俺を慕ってくれるように、俺も咲季が好きだったのか? 以前は完全に妹の咲季だったが、いつの間にか咲季は俺にとって大切な人になっていたのか?)
 見るとは無しに咲季を見つめる拓斗。


「拓兄、どうしたの? 私は出世したのと同じよ。何故一緒に喜んでくれないの?」
 咲季の言葉に促され、拓斗はオーバーなくらい褒め称え、そして喜んで見せた。