大空ひろしのオリジナル小説

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同居人 21

 奈津子の休日。拓斗は帰宅すると咲季の姿を確認する。
「咲季は未だ会社から帰って来てないの?」
「今日は未だ」
「最近、咲季の帰りが遅いな」
「仕事が忙しいのでしょ。良いじゃ無い。二人の時間がそれだけ長く居られるんだもの」
 奈津子は夕食を作って待っていた。最近の奈津子は、料理の腕も大分上がって来ている。


「なあ、俺たち結婚するか」
「どうしたの? 急に」
「奈津も知っているだろ。咲季の気持ちが変わってしまったのを」
「拓が好きになったって事」


「驕っているようで、そうハッキリ言いたくは無いんだけど」
「私はもう少し待った方が良いと思う。咲季を無理矢理追い出すみたいだもの」
「遠慮があるのか?」
「遠慮と言うより、咲季の気持ちが拓から離れてからの方が良いの」
 拓斗は、咲季の気持ちも理解出来る。


「俺の同級生の田中を紹介したけど、どうも咲季のタイプではなさそうなんだ。何とかデートまで漕ぎ着けたけど、駄目みたいなんだ」
「田中さん、当て馬みたい」
「そうなっちゃうのかな。少し違うと思うが。俺の知り合いに、他に適任者がいないんだよな。会社の連中は後々面倒だし」


「ねえ、そう焦らなくても良いと思う。咲季は私たちの関係をもう知っているんだし。咲季は咲季で、自分の気持ちを変えようと努力してると思う」
「それなら良いが。咲季に怨念を抱かれて出て行かれてもな」
「怨念て。咲季は恨みを抱くような人じゃないよ」
「恨みは抱かなくても、嫉妬は残るんじゃ無いか?」
「だからさ、時間を上げたいの」


 奈津の気持ちというか姿勢は分かった。拓斗も了解してもう暫く様子を見ようとなった。  


 奈津子の為のお菓子作りは年末で休止になっている。代わりにその時間が、拓斗と奈津子のラブラブ時間となっていた。
 極力、咲季の居ない時間を狙ってである。
 休日が違う拓斗と奈津子の、二人だけの時間はかなり限られている。咲季の帰りが遅いのは、二人にとって好都合なのだ。であるが、若い2人にとって、多少の寝不足はきにならない。


 通常、土日が休みの拓斗と咲季。休日の咲季は主に絵を描いている。時折り外出してはスマホで写真を撮って来る。
 背景画の参考の為だろう。


 ある晩、咲季は拓斗と奈津子にとんでもない要求をする。


「ねえ、私、ラブラブなシーンを描きたいの。でも、その場面を見たこと無いから二人でモデルになって」
「えっ、幾ら何でもそれは出来ない」
 拓斗が咲季の要求をきっぱり断る。


「裸で抱き合えって言ってないよ。色々な格好でハグするとか、そうね、キスシーンも」
「私、恥ずかしい」
 照れる奈津子。
「良いじゃ無い。私が居ない時、何時もしてるんでしょ? そのくらい協力してよ。奈津のお菓子作りに、私、協力して上げたじゃ無い」
 咲季の強引な強い口調が戻って来た。拓斗は内心安居する。


 結果、拓斗と奈津子は咲季の要求に応じる。
「何やっての。もっと気持ちを込めて! そんなんじゃ、色っぽいシーンが描けないでしょ」


 役者じゃ無いのだから、人の目を気にしてのラブシーンはなかなか難しい。だか、厳しい咲季の注文を受け、繰り返していく内に、拓斗と奈津子の気持ちが入っていく。
 同時に、2人が重なり合う姿を、咲季はどんな気持ちで見ているのだろうかと、拓斗は思うのである。



【大空ひろし】あさもや/オリジナル曲