大空ひろしのオリジナル小説

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過去から今日は 13

「やあ、この前はどうも」
「走んないの?」
「ウチらの周りでは見られない田園風景が珍しくて、見取れていたんだ」
 茉莉は自転車を降り、駿人の側に来る。


「今日は1人?」
「ミニロードレースがあって、その大会にメンバー達行っちゃって、今日は1人」
 どうやら、いつものメンバーはどこかの大会に行ったらしい。


「茉莉さんは行かなかったんだ」
「強行スケジュールなので、私、体調が余り良くないから止めたの」


 今日は茉莉と一対一。彼女は来春には新社会人。一年先行している駿人に社会人となった感想を聞いてくる。
「以外と心配性なんだね。真理さんなら大丈夫だよ。俺も最初は不安やら緊張やらしていたが、一週間で慣れたもん」
 茉莉の心配を軽く解く駿人。


 やがて、話は2人の趣味であるサイクルロード関係に進んでゆく。
「私、此処だけでなく違ったコースも走りたいんだけど、遠い場所には行けないしね」
「俺が車にバイク積んで、ここまで来ているのを知っているよね?」


「知らなかった。そうなの?」
「家の近くにもサイクルロード有るには有るんだけど、自然豊かなこのロードの方が走る気分が全然違うんだ。だからバイクを積んで来てるんだ」


「私の場合、大学に近いからサークルのメンバーと殆ど此処。試合とか大会があると東出する事もあるけどね」
「男子のメンバー、沢山居るの?」
「いいえ。数人だけ。女子の方が多い。もっとも、サークルのメンバー数そのものが少ないけど。男子は、競輪とか競技を目指す人多いから、うちらのサークルには殆ど入ってこないの」


 駿人は茉莉の話を聞いていて、ある考えが浮かぶ。
「今度さ、良かったら俺と他の道走ってみない?」
 不思議と自然に出てくる言葉に、自分でも驚く駿人。


「良いね。走った事の無い道って魅力よね」
「仙波沼ロードコースってどう? あそこなら松戸から常磐道で行けるし。俺の車にバイク積んで行けば良い。日帰りで十分楽しめると思うよ」


 茉莉の反応は上々だった。2人は互いの電話番号を登録する。


 お邪魔虫


 今は何を遣っても楽しい。仕事でミスし、小言を言われても余り気にならない。とにかく、部屋で音楽を聴いても、時間つぶしのゲームをしても、ネットを見ても、少し前とは全く違った気持ちで過ごす駿人。


「やあ、極楽気分だね」
 嫌な奴が現れたと駿人は身構える。静子である。


「何で出てくるんだよ。過去に帰ったんじゃ無いのかよ?」
「ウチもてっきりそうなると思っていたんだけど、戻れなかったんだよな、これが。遣らなければならない事が残っているみたいなんよ」


「俺に何かを残してても良いからさ。何者か知らないけど、土下座して頭を地面に擦りつけてでも帰して貰えって」
「出来るならそうしたいんよ、ウチも」
「とにかく、俺はあんたに用がないから。はい、さようなら」


 駿人としては、始めて彼女らしき女性が出来たところ。余計な話や詮索など聞きたくないのだ。
 すると、静子は泣き出しそうな顔をして、
「何でウチを虐めるの。ウチがそんなに邪魔なの?」
 例え、演技だとしても、女性に泣かれると弱いのが世の男性達。駿人も例外では無い。


「分かったよ。話を聞いてあげるよ。で、どんな忠告をしたいんだ?」
「実はね、私にも分からないの。でも、私が私の未来身、つまり駿の所に来た経緯を未だ話してないと考えた訳。きっと大切な訓示が詰まっているかも知れないのよ」


 駿人は聞きたくなかったが、静子は話さないと消えてくれないと思い、仕方なく耳を貸すことにする。 
  
「ウチが結婚したの、話したでしょ。その後夫は戦争に招集されてしまった。半年後に戦死の連絡が届いた。馬鹿よね。上手く立ち回れば死ななくても済んだだろうにね」


「どこの戦地に飛ばされたか知らないけど、そんな器用な事が出来る状況じゃ無いだろ。相手は米国だったんだから」
「あら、ウチの人は満州よ。中国人と戦ったのよ。でも殺されちゃったけど」


「そんなの、相手が何処でも良い。だから何だって言うのさ?」
「うち、実家に帰りたかったけど、戦時中でしょ。一旦嫁いだらそうそう出戻り出来ない時代。夫の義理両親と暫く暮らさなければならなかった」
 戦前戦中はなんだかんだと言っても、堅苦しい生活を余儀なくされた時代。


「はいはい。大変でしたね。ご苦労様。だけどさ、そんな苦労したのなら、俺の人生、もう少し良くなってても良いんじゃ無い?」
「大多数が同じ環境だったからね。駿だけ良い生活とはならないでしょ。その代わり、羨ましいくらい今の人たちが良い暮らししてるじゃない」


「成る程。そういう捉え方をするのか」
「そういう事は端に置いといて。実はウチ、その後、恋をしてしまったのよ」
 急に嬉しそうな表情で語り出した静子。駿人は少々ムッとする。


「はいはい。それで、誰と?」
「偉い階級の軍人さんの息子。今で言うとエリートよね。ピリッとした姿にハンサムな顔。生まれて初めて恋をした。ウチから一目惚れするなんて初めてよ。駿が奈未って女の子に人目惚れしたでしょ。それより何倍も激しく」
「それで?」
 駿人は、そんなことどうでも良いとばかりに言う。