大空ひろしのオリジナル小説

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過去から今日は 14

 静子は語り始める。
 静子達本土に残る女性達も工場などで働かされる。労働以外にも、敵と戦うために、それこそ竹槍の訓練をさせられる。
 その指導に遣って来たのがそのエリートなる士官候補生。


 彼は、隊列して「エイッ、ヤー」と竹槍を振るう女性達を、他の指導員と共に見て回る。
 そして、静子の近くに来ると一瞬立ち止まった。不思議な物で、その男に反応したかのように、静子も横目で士官候補生を見た。目が合う。
 静子は一目惚れした。男も何らかの反応をしたようだ。


 全体訓練が終わって持ち場に戻ろうとする静子に、指導員の一人に呼び止められた。
 先ほどの士官候補生が個人的指導をしたいとの事だった。


 部屋に入ると、昭一という士官候補生が待っていた。
「あなたに訓練の班長になって欲しい」
 昭一はそう切り出した。そして、年齢や家庭事情を細かく聞く。最後に、
「食べ物は足りていますか?」
 静子が、何とか食べていますと答えると、昭一は、美味しい食べ物をあげるので、後でどこそこに来て下さいと告げた。


 断る理由が全く見つからなかった静子は、素直に応じる。
 内緒で貰った食料は少なかったがとても美味しかった。ただそれだけの紳士的対応。
 だが、食べ物の誘惑は強烈だった。ただでさえ好きになり掛けていた静子の心を鷲づかみにする。



 昭一は一旦自分の所属部署に戻るため帰った。ところが、親の威光を利用したのか、休みを取って静子に会いに来るようになった。
 2人は瞬く間に恋に落ちた。


 士官候補生の昭一だが、彼らも何時戦地に送り込まれるか分からない。それもあってか、彼は静子の身体が欲しいと言う。
 静子は、戦死したとは言え、夫の実家で生活しているので戸惑う。しかし、戦地に行ったら、夫の様に命を落としてしまうかも知れない。
 それに、静子も昭一を愛していた。
 2人は結ばれた。その後も何度か密会を繰り返し、合体して愛を確かめ合った。



「なんだ。昔の人にしては貞操感覚緩かったんだな」
 駿人がボソッと言う。 
「当時の男達は戦争に行って何時死ぬか分からないのよ。そういう人たちに一時の喜びを与える事が悪いとはならなかったの。それに、ウチは初めてではなかったし」
「分かった。それで未来身の俺にそれがどんな教訓になるんだ?」
「それが分かれば、ウチはもう過去に帰ってたと思うよ。もう少し先があるから聞いて」


 敗戦が濃くなって来たと、昭一から聞かされる。
「鬼畜米兵がここまで遣ってくるの?」
「自分らが命を掛けて死守するけど、結果は分からない」
「私たち、米兵に犯されるのかしら?」
「そんな事、絶対にさせたくない。君は僕が守る」
 昭一はそう言ったが、間もなくして音沙汰が消えた。


 終戦を迎えた後のある日。静子は浜辺に立っていた。入水自殺をするためだった。
 波に身体を持って行かれながら沖へと歩を進める静子。肩まで海水に浸かる所迄進んだところで、大波が押し寄せて来た。
 静子は波に足を掬われ、そのまま砂浜まで運ばれた。なんと、助かったのである。 
 ただ、大量の海水を飲んだからか、彼女はそのまま気を失ってしまった。


「何故死のうと思ったんだよ?」
 駿人が聞く。
「米兵に犯されるのが嫌だったのもあるけど、敗戦や昭一さんが居なくなったことも大きい。とにかく全てに絶望してしまったの」


「それを哀れんで神様だか諸天だかが、あんたを助けてくれたという訳か。条件付きで」
「その程度の理由で助けてくれるわけが無いよ。そんなんだったら、現社会が私みたいな過去身で溢れちゃうよ。世の中そんなに甘くないよ」
「じゃあ、何がどうなって俺の所に現れる羽目になったんだよ?」
 ああ言えば違うと答える。面倒になる駿人。


「私ね、妊娠してたの。昭一さんの子を」
「まあね、遣ることを遣れば、妊娠しても可笑しくは無いよな」


「でね、無意識の内に、『私、このまま死にたくない。お腹の子を死なせたくない』と叫んでいた」
「おう、殊勝なこと。それで天が聞き入れてくれたという訳だ。ただし、生かす条件として俺をどうにかしろと言うことか? 信じられないけど」


「そんなところでしょうね。とにかくあの時は怖かった。突然耳元で風が鳴り始めた。気がついたら目先に暗く深い穴が見えたじゃない。その穴に身体が吸い込まれる感じがしたの。咄嗟にお腹の子が思い浮かんで、この子を死なせては駄目と強く思った。そして『お腹の子を産むまでは死にたくない』と叫んだ。そこまでは記憶にある」
 
これには駿人も興味を引かれる。静子という自分の過去身が、若しかして臨死体験をしていた、否、その体験中なのかと。


「今この瞬間も、お腹の赤ちゃんを助けたいの?」
 駿人は静子のお腹の辺りを見回す。


「勿論よ」
「だって、死のうと海に入ったんでしょ?」
「それは気の迷いみたいなものよ。義理の両親に妊娠していると告げるのも辛かったし。一度に色々な思いが重なってしまったのよ。でも、子供のことを考えたらね。だって、昭一さんの子でもあるのよ」
 静子は言い切る。


 駿人はどう捉えたら良いか迷う。
「分かった。お静が俺の所に現れるの許してやるよ。未来身の自分がどうなろうと、お腹の赤ちゃんを助けてやりたいからね。不気味な信じられない存在だけど」
「ありがとう。駿のその気持ち、未来にきっと良い方向に進むと思う。ウチの事は気にしなくて良いからね」
 静子の表情が穏やかになった。駿人は静子が消え去るのを見送る。


 結局の所、駿人自身の未来に関わる予言というか予告も喋らなかった静子。
 駿人は、深く考えるのを止め、夢うつつ状態で、幻でも見ているのだろうと思うことにした。