大空ひろしのオリジナル小説

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湯煙閑談 2

 老女の佇まいは、落ち着きがあり芯がしっかりしている感じだ。その顔は、化粧を落としていることもあり、皺や浸み、ほくろなども見える。
 若い時は嘸かし男達にモテたであろうと想像できる。


 胸の膨らみを半分ほど湯から出し、外の景色を眺めている。山間の地ということもあるのか、外界は既に薄暗い。 


「少しのぼせたかしら。ボチボチ食事の時間ね。あなたも早く出なさい。一度に皆で食事をして上げないと、宿の皆さんに悪いからね」
 旅館で働く人たちに気遣いを見せる所は、彼女は常連客では無いかと思う須内。


 須内に一言言い残すと老女は立ち上がり、タオルで顔を軽く叩くようにした、吹き出た汗の玉を拭い乍ら須内の目の前を通り過ぎる。
目のやり場に困る程の時間も無かった。しかし、須内の目はその姿が焼き付いた。
 年老いているとは言え、一糸まとわぬ女性の体に少々ドキッとする。適度にふっくらとしたその体には、お腹以外に皮膚の弛みが見当たらなかった。 


 食事は大広間の一角。その場所には湯治客らしい男女5名と、湯船で見掛けた老女。そして五〇歳前後とおぼしき女性が座って待っていた。
 どうやら今宵の宿泊客はこれで全てのようだ。


 須内だけ仲間外れで食事とは行かない。総勢8名がお互い向き合って食事を頂く。
 やはり、新入りなのは須内だけか、彼に質問が飛ぶ。
根堀り葉掘り聞いてくる質問に、須内は虚実を織り込み適当に答える。特に、慣れてくると女性陣からの質問は須内の家庭環境に及んでくる。


 例えば妻のこと、子供のこと、生活のこと。言うなればプライバシーである。
 適度にお酒が回ってくると、須内は自分の部屋に戻り休みたくなった。その気持ちを察したのか、対面に座っている老人が、
「俺たち、胃が少し落ち着いたら温泉に入るんだ。下に降りると露天風呂がある。湯煙の中で雪化粧。最高だぞ。兄さんも来な」
 男の中で最も活発に話す昭太郎と呼ばれる老人が声を掛ける。更に、
「明日の朝まで、入れる風呂はその露天風呂だけ。脱衣所は男女別だが、中に入れば一緒。混浴だ。でもな、ばあさんばっかりだから期待せんことだな」
 昭太郎は口数が多いだけに余計なことも言う。


 昭太郎の言葉に須内は、仄かな照明に映り出す真っ白な雪、それを見ながらゆっくりと温泉に浸かる、そんな状景を頭に描くと彼の顔に笑みが漏れた。


 この旅館には幾つかの風呂場がある。男女分かれて入る湯殿が2カ所。その内の一カ所は須内も既に入浴済みだ。
 その他、予約制の家族風呂。そして、建物の一段低い位置に露天風呂となっていた。
 普段なら、その全てを使用しているのだろうが、今の時期は制限しているようだ。


「昔はこの時期、俺等のような湯治に来る客も何組かあってな。それなりに賑やかだったが、景気が悪いからな、今じゃ俺たちだけ。旅館側としてみれば、殆ど儲からんから、本当は休業にしたいんだろうけど。付き合いが長いとそうはいかんと思ってるんだろう、女将さんと幾人かの従業員が頑張ってくれて、俺たちを迎えてくれてるのさ」




【大空ひろし】秋風の景色/オリジナル曲