大空ひろしのオリジナル小説

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湯煙閑談 3

 酒に弱い須内は、眠気をもよおし、部屋に戻ると寝てしまった。
 2時間ぐらい経って目が覚めると未だ見ぬ露天風呂へと向かった。少し眠かったのだが、そのまま朝まで寝てしまっては温泉宿に来た甲斐が無い。
 体がふやけるまで何度でも入らなくてはと欲が出る。


 内階段を降りたところに入り口が見えた。 
 入り口は二つある。だが、一つは
【ただ今 使用できません】
 との立て看板が入り口の前に置いてあり、中は真っ暗だ。


 明かりの見える入り口に入ると、浴衣が入っている駕籠が五個。若しかしたら、あの湯治客達では無いかと須内は推測する。
 脱衣所から浴室に入ると、湯煙の中に体を沈めている2人の姿が見えた。髪型から女性と分かる。


 シャワーを使って体に流すと須内は湯に入る。体が少し冷えていた彼には湯温が熱く感じる。


「兄さん、来るのが遅いね。今まで何やってたんだ」
 食事時に、春さんと呼ばれていた女性が須山に声を掛ける。
「寝てしまって」
「あんとき顔、真っ赤になってたから、酒は強くないんだろ?」
「ええ」
「酒はもう抜けたかね」
「普段殆ど飲まないので、そういうのは良く分からないです」
 するともう一人の多岐という女性が、
「大丈夫だ。顔色が戻ってるもん」
 須山の顔を覗き込むように言う。


「他の方は?」
「ほれ、露天風呂の方に入っているよ」
 春は薄明かりに浮かぶ外を指差さした。仕切りの向こう側には露天風呂が広がっているのだろう。
 アクリルなのかガラスなのか、外部との仕切りとしてクリアー板が大きく広がっている。


 大凡一メートルぐらいか下部を曇りガラスのように、良い具合に外側の景色をぼやかしている。
 恐らく、湯滴が跳ねて温泉成分がつき、曇らしたのだろう。


「兄さんは幾つだね?」
 いつの間にか須山は兄さんと呼ばれている。
 確かに年配湯治客達から見れば、一回りくらい若いのは事実だ。
「六〇代半ばです」
「若いね。羨ましいね」
 最近、須山が若者達に対して思う気持ちを、いま人生の先輩に言われる。不思議な気分になる。


 タオルを湯船に入れるのは御法度だ。二人の女性もタオル畳んで湯船の端に乗せている。
 幾ら歳を取っていたとしても女性は女性。じろじろ見る訳にはいかない。しかも、当然だが彼女たちは裸だ。
 幸い、泉湯は白く白濁している。湯にしたしている部分の体は見えない。


 須山が白い湯質を気にしているように見えたのか、
「兄さんはこの白い温泉がそのまま流れて来てると思うかね?」
「違うんですか?」
「ホラ、そこを見てごらん」
 多岐が、絶え間なく流れ落ちる湯の元を指さす。
「白くないだろう。その温泉が空気に触れるとこんな風に白く濁るんだよ」
 初めて知った須山。素直に驚きや関心を示す。
「それもな、直ぐには白くならなくてな、白くなるまで3時間ぐらい掛かるんだよ」


 多岐は自慢したい訳では無いようだが、色々と説明を続けた。
「気持ち良かんべ。この浴場は今朝、爺さん達も手伝ってな、一旦湯を抜いて大掃除たばっかりだ。爺様らは、酒を飲むまで腰が痛えって喚いたところだ」


 知ってることは誰彼無しに話したがる人が居る。女性に多い。多岐はそんな一人なのかも知れない。
 さすがに長引く話に飽きた須山は、室内から露天風呂に出た。


 露天風呂の周りは石を積んである。石から少し離れたところには白く雪が積もっているのが分かる。だが、夜なので暗く、その先がどうなってるかは見えない。
 須山は、明日この場で見る景色が楽しみになった。