大空ひろしのオリジナル小説

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同居 3

 拓斗は咲季と言い争うのは苦手だ。勝った試しが無い。なので拓斗は、最後はワンパターンの捨て台詞を残してその場から去るのが常。


「だけどさ、この部屋は決して広くないじゃん。一応三部屋あるので割り振れば何とかなるが、大人3人で生活するとなるときついと思うよ。況してや、なっちゃんは他人で女性。俺みたいな男が混ざって居ると嫌だろう」
「そんな事ない。拓ちゃんは昔から知っているから、全く知らない男性ではないので、私は直ぐに慣れると思う」
 奈津子は、幼い時から拓斗を「拓ちゃん」と呼んでいる。


「あのね、子供の時とは違うの。大人の男女だよ。簡単に溶け込める筈ないよ。ややもすると、同居と言うより同棲みたいになるかも知れないのだから。親は絶対に反対するよ」
「ねえ。兄貴は嫌らしいことを考えてない? 奈津に手を出したいとか?」
 間違ってもそういう気持ちもあるとは言えない拓斗。


「そんな事、考えてる筈ないだろ。たとえ俺たちが納得しても世間はそう見ないと言ってんだよ。他人同士の男女が同じ屋根の下に住めば、当然そう見られてしまうんだって」
「待って。私が居るじゃ無い。いざとなったら奈津を兄貴から守れる壁が」


「そうだけど。やっぱり、同居というより変則的な同棲と見るだろうよ」
「同居とか同棲と思うからいけないのよ。シェアハウスしていると思えば世間の人達も色眼鏡で見なくなるでしょ」
 成る程、咲季の言い分も理解出来る。


 今は、見知らぬ男女が一軒家に住み、各自個室を持ちながら、生活の動線に当たるところは共同使用。
 世間も始めは胡散臭い目で見たが、今ではシェアハウスに対し問題意識が薄くなっている。


「なっちゃんがそれで良いと言うなら俺ももう何も言わない。ただし、親の許可はちゃんと取りなよ」
 奈津子が来春越してくる方向に決まった。


 拓斗が奈津子の同居に反対したのには訳がある。抑も咲季との同居から疲れを感じる。
 妹とは言え、咲季は年頃の女性。色々と制約を言ってくるのが堅苦しい。


 洗面所一つ取っても、拓斗一人の時は歯磨き用具と電動髭剃り器が棚に置いてあったのに、今やそれらは端の方、時には引き出し中に移動している。
 替わって使いやすい場所を占領しているのが、何だか分からない化粧品類など、咲季の物ばかり。


 洗濯物もそうだ。脱衣場で脱いだ服をそのまま洗濯機に入れて置き、適当に洗濯機を回せば済んだ。
 所が、洗濯機に洗い物を入れて置くなとうるさい。そんなに洗い物があるわけでは無いのだから、一緒に洗濯機を回してくれれば節約にもなるのにとおもうのだが、咲季は別にして洗いたいと言う。


 実家では母が纏めて洗っている。多ければ二度三度と。誰それの分とか分けていない。


 人に頼むとそんなに気にならないのかも知れない。否、頼むと言うことは、細かい要求はし難くなる。
 腹立たしい面もあるが、年頃故当然なのかも知れない。


 もっと気分が悪いのは、女性を大上段に構えたり、妹と言う立場で甘えてくる事だ。
 何かに付け、我が儘な言動を取る咲季に閉口して来てる拓斗。
 きっちり教育すれば良いのだけど、やはりそこは妹としての可愛さもある。それもあってか、拓斗は多くの文句を言わない。


 恋愛感情や性的な物を抱かない兄妹だから何とか遣って来られた。そこにもう一人女性が加わったら、自分の居場所が無くなるのではないかと危惧する。
 慣れて来たらその内に、女性2人にタッグを組まれ、益々肩身の狭い思いをさせられるのでは無いかと思うと、安易な同居は始めからしない方が良いと拓斗は考えるのである。


 一方で、奈津子は血縁関係に無い若い女性。男として心ときめかす場面に遭遇出来るかも知れないという期待はある。
 とは言え、咲季の要らぬガードがその妄想を潰していくのではと思うと気持ちが萎む。


 世の中は自分の思い通りに進まない。社会に出てから2年間、拓斗はそれを幾度となく経験している。


 ひとまず同居の方向へと決まったので、拓斗はお金の話を持ち出す。
 妹の咲季は今、部屋代と光熱費など生活にかかる費用の分担金として計2万5千円出させている。
 実はその額も咲季に値切られた金額だった。


 拓斗は奈津子に同額を求めた。すると、
「一人増えたからと、経費が2倍になるわけじゃないんだから、2万円にしてあげなよ。損は無いでしょ?」
 咲季が言い出す。
「そうか。なっちゃんも女性の稼ぎじゃ苦しい面もあるだろうから、俺は構わないけど」
「じゃあ、私も2万円にして」
「何故だよ?」
「同じ年だし同じ女性。差があるのは可笑しいでしょ?」


 咲季にしてやられた。全く小狡い妹だ。そう思う拓斗だが、今更奈津子に2万5千円に値上げしたい、とは言えない。
 最もそういう拓斗も、親が払ってくれているローン。その足しにとしている家賃を、拓斗は気が向いた時しか払っていない。
 彼が一番狡いのかも知れない。


 そのことに両親は一言も文句を言わない。余裕のある収入を得ているからだ。農家も上手に経営すれば儲かるようだ。




【大空ひろし】光の水辺/オリジナル曲