大空ひろしのオリジナル小説

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同居人 4

 初春と言うには未だ寒さが残る3月の上旬に奈津子が越して来た。荷物置き場だった部屋を片づけたぐらいで部屋全体の模様替えはしていない。


 咲季の時にはあちらこちらを変えさせられた。今回はスムーズに奈津子を受け入れる。
「ねえ拓兄。相談なんだけど、拓兄が狭い部屋に移って、私たち2人が広い方の部屋に行くっていうのはどう? 開いた一つの部屋はドレスルームにするの。女性って身だしなみが大切でしょ。場所が必要なのよ」
「絶対に嫌だ!」
 拓斗は応じない。


 予めその様な返答を予期していたのか、咲季は直ぐに諦める。咲季はその代わりという感じで、
「私たちの部屋に鍵付けるからね」
 今までは、拓斗の部屋は勿論、咲季の部屋にも鍵は付いていなかった。
 拓斗は止む無しと了承する。鍵を付ける費用を出すのは拓斗である。


 抑も、妹の咲季が来ただけで心安まる自由空間が少なくなった。その上に他人の女性が入る。
 どれだけ気楽さが剥ぎ取られるか。それを思うと憂鬱にさえ思う。


 一方で若い三人。その一人は他人である女性。扇情的な場面を期待したいが、口やかましい鬼妹が居る以上、それも期待できない。
 拓斗は、つくづくメリットのない同居生活だと溜息が出る。


 引っ越しに際して、奈津子は身の回りの物しか持参していない。また、家具関係の店とかを回って、ベッドや整理ダンスなど、最低限要望する物を買わなければならない。


 拓斗は、このまま長く居続けられるのではと不安に駆られる。また逆に、短い間で出て行かれても、処分等に困る。
 人一人増えることは、こうも大変な事なのかと彼は肩で息をする。


 更に大きな問題があった。なんと、奈津子は就職先を決めてなかった。
 彼女が言うには、自分はパティシエを目指したい。全く経験も知識も無いので取り敢えずお菓子店で働きたいと言った。


 なので、働き手を募集している菓子店がないかと聞いてくる始末。先が思いやられる。
就職情報を漁っても、奈津子の願う都合の良い店などない。
 拓斗には、菓子店自体が少ないと思えるし、余り儲かるイメージが湧かない。だが、女性の見る目は彼と少し違ってた。


「ねえ、奈津。私たちでお菓子屋さんを探して見ようよ。味見をして歩くのも勉強になるでしょ。それに、パートとか募集している店、有るかも知れないし」
 即、奈津子が同意する。
「お兄ちゃん、軍資金。奈津のパティシエへの第一歩だから協力して」
 物事を頼む時は、何時もぶりっこの猫なで声を出す咲季。


「ものは言いようだな。お前達がケーキとか食べたいだけだろうが」
 とは言うものの、お金を与えてしまう拓斗。
 拓斗は、自分でも何て性格なんだろうと自分自身にがっかりする。もしかすると、そんな兄の性格を見抜いての咲季の態度かも知れない。


 奈津子と咲季の部屋に鍵が付けられた。
「俺の部屋には鍵交換無しかよ」
「男でしょ。見られては嫌な物でもあるの?」
「別に無いけどさ。でも貴重品とか・・・」


「私たちを泥棒って見るの? 拓兄の部屋なんか入るつもり無いよ。どうせガラクタばかりじゃない。心配なら小型金庫でも買ったら?」
 何故か先住民であり年上の拓斗が、妹の咲季にリードされてしまっている。兄妹の1対1の攻防から、自然と1対2の攻めぎ合いになってしまってる。


 色々ありながらも、こうして3人の共同生活が始まった。


 拓斗24歳、咲季21歳。奈津子同じく21歳。社会人になったのは一年ごと順番なのが面白い。


 奈津子は、運良くケーキ類を販売する店にパートとして働く事が出来た。
 その店は、夫婦と娘の家族で経営していたが、娘が社会人になり、会社勤めを始めるので人手が欲しかった様だ。
 そんなところに奈津子達が現れ、すんなり採用となった。


 子供達がすんなり家業を継がなくなってから久しい。特に個人小企業、自営業主達は頭を悩ますところだ。



【大空ひろし】あさもや/オリジナル曲