大空ひろしのオリジナル小説

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同居人 9

 人には長所も短所もある。一緒に暮らせば自ずとお互いにそれらが見えてくる。どんなに短所が見えても、波長が合えば短所も適度な刺激であり、排除する迄には至らない。


 少なくとも、拓斗の奈津子を対する気持ちは、避けるどころか惹きつけられる方向に変わっていた。拓斗にとって、奈津子の翼の無い素直な性格はとても心が安まるのである。
 そしてそれは、奈津子の拓斗に対する気持ちでもあった。


 体の関係を持ちたいと思うのは男として当然だろう。でも、拓斗は急がなかった。常に咲季の視線があるのも理由の一つだ。
 邪魔だからと言って、咲季を邪険に扱うとか追い出そうという気持ちは彼にはさらさら無い。
 咲季の視線を逃れながら奈津子と親しくするのは、ちょっとした刺激でもある。


 咲季はと言うと、そんな2人の仲に気付かない筈が無い。
(何れ結婚へと進むのかな? そうなったら、私追い出されるな。近くにアパートでも借りようかな)
 彼女はそんな風に考えていた。


 拓斗の部屋に妹の咲季が来て2年。奈津子と3人で暮らすようになって約1年が過ぎた。
 再び植物が芽生え出す春が遣って来る。


 ある日、咲季が凄い形相で帰宅した。
「どうした?」
 心配した拓斗が咲季に声を掛ける。
「私、会社辞めた」
「何があったんだ?」
「私、実家に帰って来る」
 その言葉を最後に、咲季は口を噤む。


 後から帰宅した奈津子も、いつもと違う咲季の雰囲気に声を掛けようとする。それを拓斗は制止する。
 翌々日、咲季は宣言通り実家に帰った。


「よっぽど辛いことか腹が立つことがあったんだな。咲季があんな風に怒るなんて」
 拓斗は助言を求めるように奈津子に告げる。
「咲季は、自分のアイディアを先輩に取られたらしい。それも一度や二度では無かったようで、それに対し先輩等は自分の能力と公言しているんだって」


「よくあることだな。研究員の努力を自分の成果にするとか、会社でも、部下の努力を自分の力としてしまうとか。名を上げた人物も超人では無い限り、アイディア枯れするもんな」
「咲季だってそれぐらいは分かっていた。でも、一生懸命努力して作り上げた物を、少しはその能力なり努力なりを認めるような対応をしてくれれば、あんなに怒らなかったと思う」


「そうか。下っ端、無名者は常に虐げられる運命にあるのかな? 今までどれだけの人がそんな経験をして来た事か・・・。本人が対応すべき問題。俺たちは何の助力も出来ない」
「能力や努力を出し惜しみしていたら、一生認められないかも知れない。悔しさに耐えて、その先輩達を利用していく方が利口だと思う」


「奈津。珍しく良いことを言うじゃ無いか」
「珍しく? う~ん、もうー」


 ごく自然にだった。2人はキスを交わす。
 邪魔になっていた咲季は居ない。2人は安心してじゃれるように戯れる。



「咲季、いつ帰ってくるのかしら?」
「お袋に悔しさや愚痴をぶちまけたら、清々した顔で帰ってくるよ。そうだな、土曜日か、でなければ月曜日頃」


 咲季は一週間ほどして実家から戻って来た。
 その表情は、拓斗が言ったようなさっぱりした顔つきでは無かった。寧ろ、それ以上の深い悩みを抱えているように見える。


「お帰り。親父やお袋元気だったか? 兄貴は未だ彼女居ないのか?」
 努めて明るく咲季に声を掛ける拓斗。
「ねえ、拓兄はどれだけ聞いているの。どれだけ知っているのよ?」
 咲季は真剣だった。


「何を? 実家で何か言われたのか?」
「本当に何も知らないの?」
「だから、何の事に対し知らないのかと聞いているんだよ」
「いいの。いいのよ、知らなければ」
 そう言い残して、咲季は自分の部屋へと消えた。


 取り残された拓斗は、何の事か見当も付かず疑問だけが広がる。



【大空ひろし】ぬかる道 /feat.さとうささら