同居人 12
実家からの帰途、拓斗は悩みに悩んだ。
咲季が実の妹で無いと知った以上、咲季とこれからどう向き合えば良いのか。
知らなかった事にして、今までの様に暮らすか? それも有りだ。しかし、今までと同じに接していけるだろうか? 拓斗には自信が無い。
それ以前に、咲季が拓斗にどう接してくるかも心配である。
「お袋から話を聞いたよ。でも、咲季は俺の妹。何も変わりはしないよ」
と、伝えるべきかとも考える。
東京のマンションに戻った拓斗。何事も無かったかのように振る舞う咲季。その姿がやけに悲しくも眩しくにも見える。
咲季もチラッと拓斗を見る。その視線は、やはり以前の咲季では無い。
「新しい職場、見つかったか?」
「幾つか面接受けたけど、イマイチなんだ。自分の求める職場ではない気がする」
咲季は、恐らく職探しが出来るような心境では無いだろう。
「そうか。自分が納得いくまで焦らずに探すが良いさ」
そこに奈津子が帰宅する。拓斗は笑顔で迎える。奈津子も笑顔を返す。
すると咲季が、
「私、自分の事に集中したいの。もうお菓子作りに参加出来ないから」
咲季の言葉は、投げやりのような感じだ。
「就職で忙しいんだもん。咲季は自分の事に集中して」
奈津子が応じる。
それがまるで気に入らないかのように、咲季は自分の部屋へと消えていく。
拓斗も奈津子も、咲季の明らかな心の変化に気付いている。
「咲季の事、ごめんな。気を悪くしないで欲しい」
拓斗が奈津子に耳打ちするように話す。
「いいの。私、気にしてないから」
そう答える奈津子を、拓斗はコンビニに買い物に行こうと誘い出す。
途中にある公園に立ち寄る二人。未だ冷え冷えする夜のベンチに座る。
「俺も驚いたんだけど、実は、咲季は俺たち家族とは血縁関係が離れていたんだ」
「どういう事なの?」
拓斗は掻い摘まんで奈津子に話す。
「そうだったんだ。そりゃ辛いよ。私の所も決して上手く行ってる家族とは言えないけど、そんなの比較にならない程咲季の方が辛いよね」
「正直言って、俺、咲季にどう対応して良いか分かんないんだ」
「拓斗のお母さんから聞いたよって言わなけりゃ駄目だよ。でないと、拓斗と咲季の間がギクシャクしちゃうと思う」
「そうだよな」
今まで兄妹として暮らして来た咲季。ある日突然、ほぼ他人とも言える間柄になってしまった拓斗と咲季。
それだけでも大きな心の痛手であるのに、況してや、咲季の両親は無くなっている。その悲しみは計り知れない程だろう。
恐らく、どんな言葉を持ってしても、簡単には咲季の心を癒やせないだろうと拓斗は思う。
咲季は勘の良い子。拓斗が実家に帰ったなら、母親から話を聞き及んでいるだろうぐらいは見当を付けている筈
翌夕。
「咲季、ちょっと来て」
拓斗はぽつんと置かれたソファに招く。咲季は神妙な面持ちで遣って来た。
「母さんから聞いたよ。本当のお母さんやお父さんが亡くなっていたなんて辛いよな。でも、俺たちは咲季を本当の家族、何時までも俺の妹だよ。だって、ズーッと一緒に暮らしてきたんだし、今更他人なんて俺、そんなの嫌だよ」
咲季は拓斗の目をじーっと覗き込んでいた。
咲季は、やおら拓斗の胸に顔を埋める。肩をふるわせ嗚咽する咲季。拓斗は優しく咲季の髪をなでる。そして、咲季の頭に蚊くる頬を乗せた。
今まで一度も感じたことの無い咲季の愛くるしさ。
拓斗は、絶対に守ってやりたい、元気を取り戻して上げたい。同苦の涙に濡れる目が辛かった。