大空ひろしのオリジナル小説

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同居人 15

 覚悟を決めたかのように奈津子は答える。
「咲季が実家に帰った時」
「やっぱり。いいの?お兄ちゃんに遊ばれても」
「うん・・・。でも拓ちゃんはそんな人じゃ無いと信じてるから」


 暫く間を置いて、再び奈津子が言う。
「私、拓ちゃんが好きだから」
 下向きに言う奈津子。本気だと咲季にも伝わる。


「でも、そんなのって拙いでしょ」
「どうして? 好きな人に抱かれるのって悪いことじゃないでしょ?」
「そうだけどさ。後悔する事になるかも知れないじゃ無い」
「どうして?」
「お兄ちゃんが他の人を好きになって、それでもって、その女性と結婚するとなっても良いの?」
「うん。それでも後悔しない」
「嫉妬に狂って刃物沙汰なんて嫌だからね」
 咲季の言葉は少ししつこい。


 奈津子は不思議そうに咲季を見つめる。そして、
「咲季も拓ちゃんが好きなの?」
「ち、違うよ。私はね、例え兄貴でも奈津が弄ばれるのは我慢できないだけよ」
「そうよね。血の繋がった兄妹じゃ無くなったんだもんね」
 奈津子は、咲季の言い分を無視して悟った風に言葉を返す。


「少し離れているけど少しは血縁関係あるんだよ。私が拓兄を好きになるなんてありえないよ」
 かなり動揺する咲季。


 咲季の言葉などに意にしない奈津子。女性の勘なのか。
「私、咲季だったら拓ちゃん取られても良い。でも、もう少し私の自由にさせて」
 咲季は何も言えない。奈津子は立ち上がると洗面所に向かった。



「何よ、奈津ったら。私が拓兄を好きだって? 冗談じゃ無い。馬鹿馬鹿しい」
 咲季は、口の中で消えてしまう程小さな声で独り言を呟く。
「どうなっても知らないからね」
 理性は正常に働いているのに感情がかなり乱れているという感じだ。


 更に咲季の心は乱れる。
「えっ、どうしよう。奈津に赤ちゃんが出来たら。いや、もう小さな鼓動が動いているかも知れない」
 勝手にパニック状態になっている。挙げ句の果てに、
「私、ここを追い出されるの? 天涯孤独の私が追い出されるのね」
 咲季はつい先日、直系の祖父母に会ってきたばかりだ。センチなる程、やはり混乱しまくる。


 3人が共同生活を始めて早一年近くが過ぎる。大きなトラブルも無く生活出来たのは、生活パターンのすれ違いが大きかった。
 拓斗と咲季は、一般家庭と同じく兄妹の関係で暮らして来た。奈津子は他人だが、平日が休みということで、拓斗や咲季と一緒の時間が短い。
 どこかに連れ立って行くとかも殆ど無く、故に何事も起こらなかった。


 拓斗と咲季が、実の兄妹では無いと親から知らされてから、3人の仲が微妙に変化を始めた。動き出したというのが正しいかも知れない。
 拓斗と奈津子が深い関係に進んだ切っ掛けは、咲季の離職。頭を冷やしたい、気分を変えたいと、実家に帰った咲季。
 その咲季の居ぬ間に、拓斗と奈津子の関係が一気に深まった。肉体関係を結んだのだ。


 最も、以前からその兆候はあった。何かと咲季が邪魔な存在の中、深い仲まで進展しなかったが、それでも時の流れと共に生き物が成長するが如く、ごく自然にハグしたりキスしたりと拓斗と奈津子の仲は進んでいた。


 拓斗と咲季が実の兄妹と続いていたなら、例え拓斗と奈津子の間がどの様な形になろうと、恐らくではあるが、咲季は歓迎しただろう。
 真実は時に、人々の心を激しく掻き乱す。  



 今、咲季の頭の中はある事で一杯になる。
「奈津に独り立ちして貰い、ここから出て行って貰いたいな、赤ちゃんが出来ていたらそれは出来ないけど」
 すると、咲季の中にもう一人の咲季が現れ、意地悪く質問する。


(何故、奈津を追い出したいの?)
「だって、何時までもここで微温湯に浸かっていたら成長しないでしょ」
(本当は拓斗から引き離したいんじゃ無いの?)
「そうかも知れないけど、何れにしてもこの部屋に長くは居られないのだから、早めに独り立ちして貰った方が彼女の為になるじゃない」
(咲季、貴方は、本当は拓斗が好きなんでしょ。無理矢理否定するけど、態度に出てるよ。良いじゃ無い。拓斗とは他人みたいな関係になったのだから)


 咲季は、自分自身の本音を知っていた。だが、素直に出せない部分がある。己の本心を認めて良いのかどうかで悩む。
 それに、拓斗と先に結ばれた奈津子に、悪いという気持ちも強い。


 幼い頃から一緒に遊び語り合って来た奈津子を、悲しい思いにさせるのは汚い行為と思う心のジレンマ。
 彼女の、自問自答の鬩(せめ)ぎ合いは続く。