大空ひろしのオリジナル小説

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同居人 17

 3人の共同生活の中で静かな戦いが演じられているのだが、駆け引きとか煩わしい詮索は表に出ず、表面上は元の平穏な生活が戻っていた。
 それは不思議と言える。ただ、その中で拓斗の果たす役割は重要であり、それが上手く行ってるのもある。


 拓斗は、咲季が自分に好意を抱いているのは知っている。しかし、頭を切り替えても、やはり妹。恋愛の対象には成り得ないのだ。


 だからと言って、奈津子と2人だけで暮らしたいとも思わない。今、咲季を追い出すなんてとても出来ない。
(とにかく、2人が一人前になる迄は、何とか独り立ちの目処が付くまでは)
 そんな気持ちなのである。


「咲季、この頃帰りが遅いんじゃ無い?」
「仕事が忙しいんでしょ。今の仕事、咲季にはピッタリだったみたいで、彼女張り切っているから。自分から残業買って出てるんじゃ無い?」


「そうか。それなら良いけど。俺、てっきりデートでもしてるのかと思った」
「従業員少ないみたい。咲季から聞いたけど。独身者は一人。それもオタク系なんだって」
「オタクじゃ駄目なのかい?」
「そりゃ、熱入れてるものが咲季の興味や趣味に合えば良いけど。咲季の興味の無いものに夢中じゃね」


「そうか。ビジュアル的には、咲季はその男の事、何て言ってた?」
「何とも言ってなかったから、興味無いんじゃ無い」
「そうか。咲季の眼鏡にかなう男ではないのか」
 年頃とは言え、男なら誰でも良いとは、もちろんそうはならないのは当たり前。


「咲季にも、早くいい人が現れてくれると良いんだけど」
「そうだね」
 奈津子はクスクスと笑い出す。


「何が可笑しい?」
「だって、私たち咲季の両親のような心配をしてるんだもの」
「それもそうだね。でも、俺は今でも咲季は俺の妹。心配しちゃうよ」


 拓斗と奈津子は結婚する方向で進んでいた。
「ねえ、私たち別な場所で暮らさない?」
「俺たちが、このマンションの部屋を出て行くということかい?」


「だって、このままでは・・・。咲季だって居づらいだろうし。拓は咲季に出て行って貰う積もりは無いんでしょ?」
「でもさ、この部屋は親が俺に、遺産代わりにくれた物だよ。それを放棄するような事はしたくない」


「だったら、暫く咲季に済んで貰って、後で返して貰うとか」
「でも、俺たちが戻りたくなったら、その時咲季と揉めるかも知れない。そんなの俺、嫌だな」


 そう言いながら、拓斗は思う。両親は咲季に何を残す積もりで居るのだろうと。
まさか、実子でないからと財産分与は必要ないと考えているのか?


 自分の両親がそんな冷たい人間では無いと信じるが、疑問は消えない。
(そういえば、交通事故なら幾らかの保険金が入る筈。その金はどうなったのだろう。20年も経つから使っちゃったのかな? 可哀相な咲季)
 拓斗の脳裏は余計な憂いで埋まる。


 咲季は拓斗に、奈津子を体よくこの部屋から追い出して貰いたい。一方、奈津子は、このままだと結婚が難しいと考え、自分たちから出て行こうと拓斗を誘(いざな)う。


 この難局を乗り切るには、咲季に彼氏が出来るのが一番いい形だと拓斗は考える。
「奈津の回りには、咲季に相応しい男は居ないのか?」
「無理無理。店に来る業者さんはおじさんばっかだし、お客さんも、若い男の人は洋菓子店には来ないもん」


「だよな。奈津子の知り合いはお店の関係者だけだもんな。こういうのは縁とか相性ってあるから難しいよ」
「ねえ、拓の学生時代の同級生は? まだ殆ど独身でしょ?」
 奈津子が案を出す。


「そうだな。オウオウ、候補が居るぞ。しかも、彼奴らは既に咲季を知っている。咲季に気がありそうな素振りをしていた者も居た居た」


 奈津子の提案に、拓斗は早速動き出す。彼は暇をみては同級生数人の近況を探り始めた。