大空ひろしのオリジナル小説

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同居人 19

 数週間後。
「拓兄が会社から急な呼び出しで居なくなった後。拓兄の同級生に会ったよ。田中さんという人」
「へー、そうなんだ。で、田中は何て言ってた?」
「随分綺麗になったねって。リップサービスでも嬉しかった」
「それだけか?」
「兄が会社に呼び出されて、置き去りにされたって言ったら、もし良かったら田中さんが私に付き合ってくれるって言うから、私、断った」


(田中の奴、下手くそだな。咲季に簡単に断られるなんて)
 拓斗は心の中で思う。だが、咲季の話には先があった。


「それでも、拓兄が今何してるか聞きたいって言うから、コーヒーご馳走になりながら少し話をした」
「それで?」
「以前拓兄が田中さんに言ったんだろうけど、私がデザイン関係の学校に行ったのを知ってて、アニメの話になって、少しだけ盛り上がった」


 咲季にその時の様子を詳しく聞いてみると、田中はデザイン関係の話題からファッションとかに興味を示し、更に、
「デザインって、絵も描くんだろ? マンガとかは描けないの?」
 と、咲季に聞く。


「私、個人的にマンガも描いている」
 咲季が言うと、
「それなら今度、アニメ観に行かない? 少しは参考になるでしょ?」
 としつこく迫る。
 咲季は、アニメ好きの男はどうせドラゴンボールとかワンピ、スラムダンクとか、男が好きなアニメしか観ないだろうと、映画の誘いを断る。


「例えばさ、君の名はとか、最近ではジブリ作品の『君たちはどう生きるか』なんて良さそうだし」
 女性でも、一緒に観てくれそうな映画名を並べる田中。
「今忙しいから。もし時間が空いたら・・・」
 咲季は断りの積もりで言ったが、田中は満面の笑みを浮かべて喜ぶ。



「そうか。田中はそんなに喜んでいたか。彼奴は悪い事はしない男だ。一度ぐらい付き合って映画観に行っても良いかもな」
 咲季の話を聞いて、拓斗は咲季に田中とのデートをさりげなく促す。


 田中と咲季を引き合わせたのは拓斗の策だった。
 深く考えれば、土曜日に会社から呼び出しがあるなんて疑うべきもの。拓斗の言葉を真に受けた咲季は一人残される。作戦の内である。
 そこに、如何にも偶然を装った田中が登場する。


 咲季へのアプローチは、拓斗のアドバイスを受け田中本人が用意した物。アニメへの話題誘導は、咲季がマンガにも挑戦しているからと拓斗が提案した。
 その際拓斗は田中に条件を付けた。
 しつこいとか強引な行動は取らない事。咲季に、拓斗と事前に会ってるとか一緒に作戦を練ったと言わない事。奈津子の話題は軽く済ます事。などなどの制約を設けた。


 かくて、田中は咲季との次のデートへの足掛かりを作った。ただ、成功の確率は結構低い。拓斗が後押しをせざるを得なかったが、どうなる事やら。



「ねえ、咲季の彼氏紹介、上手く進んでいる?」
 奈津子が拓斗に話し掛ける。


「作戦は半歩進んだ。後は田中の出方に掛かっている。内緒だから咲季に気取られないでよ。田中の奴、中学時代から咲季の事好きだったみたいなんだ」
「私全然気がつかなかった。だって、咲季が男の子と一緒の所を見たこと無いし、誰かが咲季を好きみたいという話も聞いたことが無かったから」


「咲季も田中が眼中に無かったみたい。でも、田中の存在は知っていた。彼奴は俺の同級生だし俺ん家(ち)にも時々遊びに来ていたからな。奈津も知っていただろう?」
「知らない。私、多分会ったとしても一、二度だと思う」


 狭い地域なのに思ったより陰が薄い拓斗の同級生。年が2年も離れていたからかも知れない。