大空ひろしのオリジナル小説

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過去から今日は 17

 新たな不思議


 年も明け、新年の決意も無いまま駿人は惰性の中に居た。


「よう、元気だったか?」
 静子の登場だ。


「久しぶりだったね。また過去身の話をしに来たのか? 退屈しているから聞いてあげても良いよ」
「それがね、ウチ、死んじゃったみたい」


「何、それ?」
 駿人は思わず身を起こす。


「俺は、本来そんなことどうでも良いのだが、で、俺の未来はどうなっちゃうの?」
「ウチも分かんない? 若しかしたら、ウチ、諸天に干されたのかな?」


「もう俺、そんなのどうでも良い。俺に関わらなければ」
「若しかしてウチ、過去に戻れないかも知れない」
 静子が大仰に訴える。


「それも良いんじゃ無い? どうせ、仙人みたいに霞食って生きているだろ? 適当に浮遊していられるじゃん」
「確かに、何も食べなくても存在していられるのよね」


「良いな。俺も、何も食わなくても生き続けられるのなら、好きな時に寝て好きな時に行動出来るのにな」
「でもさ、ウチみたいに実態が無いのも辛いよ。何も影響させられない世界にどう生きたとしても、面白くないでしょ?」
  
「そうなんだ。お静はもうこの世で何も影響及ぼせなくなったんだ」
「強いて言えば、駿を少しだけ動かせるのかな。だから、何もかも忘れて仲良くしよう」


「無理だろ。そんなこと天が許すわけ無い」
「だったら、駿の人生を一緒に楽しみたい。えっ、若しかして、ウチが駿と結婚したいなんて考えてると思ってるの? 止めてよ、そんなこと」
 静子が勘違いするなと言ってくる。


「とんでもない。俺だって御免被りたいよ。でもさ、消えることも出来ないのなら俺の周りをウロウロするのもしょうがないな。可哀相だから許してやるよ。ただし、邪魔しないでよ」
「うん、分かった」


「何だ、今日は随分しおらしいじゃ無いか」
「もう、ヤケクソよ」
「おいおい。まあ、こんなの体験できるのは、若しかして俺だけかも知れないから、良いか」
 最近の駿人は、静子の存在に大分慣れて来た。


「サンキュウー。ところでさ、茉莉に振られたんね」
 静子に、痛いところを突かれた感じだ。
 実は、駿人がパッとしない新年を迎えた訳は此処にある。


 それしても、静子という過去身はどんな性格だったのか、駿人には掴み切れないでいる。
 折角、広い心で静子の存在を容認してやると言ったのに、駿人が心を痛めている事柄を面白そうにズバリ突く。
 思いやりという物を知らないのか? ほんとに育ちが悪いと感じる。


「どうしてそう思った?」
 駿人は苛立ちを押さえて、言葉穏やかに聞く。
「だって彼女、おっさんと温泉に行ったよ?」


「何だよ、なんで知ってるんだよ。どうして分かるんだ?」
 駿人は、驚きの余り興奮して矢継ぎ早に質問する。


「ウチね、注目している人の過去は何となく見えるの。限度はあるけどね。その代わりなのか、未来は全く見えなくなったけどね」


「茉莉がどこかのおやじと温泉旅行に行ったというのは本当なのか?」
「良いじゃ無い。あの子、駿には相応しくなかったのよ。前にも言ったけど、女なんてそこそこ居るんだから」


 静子の言葉が殆ど耳に入らない駿人。惚れやすいタイプかも知れないが、さすがに手に入れた女性に逃げられるのは、相当な落ち込みとなる。
 しかも、一時の発作かも知れないが、結婚したいとまで考えた女性。


 ふと気がつくと、静子の姿が消えていた。
「お静の奴、気を利かせた積もりかよ。中途半端で消えやがって。返って凹むじゃ無いか」


 世間の新年の華やかな雰囲気に混ざること無く、1人で寂しく部屋に閉じ籠もる駿人。
 階下では、親戚が集まってわいわいと話に花が咲き乱れている。ひときわ大きな母の馬鹿笑い。
「幸せで羨ましいなー」



【Music】霞の春
【さとうさららの歌声で、歌「霞の春」をLINEMusicやYouTubeMusic他数社で
楽曲配信しています。ご利用下さい。】