大空ひろしのオリジナル小説

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同居人 5

 咲季はファッション関係の仕事に就いている。小間使いと同じような立場だ。ファッション業界も大手に押されて苦しい立場の所が多い。
 やはり、資本力のあるところは人材も集まるし、どうしても押されてしまう。咲季はそんな大手に負けまいと、必死で努力している小規模な会社に勤めている。


 そんな咲季だが、時間を作っては内緒で個人的にマンガ系イラストにも挑戦している。
 拓斗は中規模の会社に勤めている普通のサラリーマン。


 奈津子はお店なので土日とか暦の休日通りには休めない。自ずと、拓斗や咲季との生活サイクルは違っている。
 それが幸いしたのか、思ったほど窮屈さを感じない拓斗。


 ある日、拓斗は奈津に聞く。
「パティシエとしての奈津の未来。実際の所、奈津はどう考えてる?」
「分かんないけど、遣りたい」
「そうか。夢は変わらないんだね。でも、このままじゃねー」


 拓斗と奈津子は子供の頃に一緒に遊んでる。中学高校時代はさすがに一緒に行動したことは無いが、偶に家で咲季と一緒の姿を見ている。
 それ故、他人行儀な物は直ぐに消え、今では親しい友達のような会話をしている。


 拓斗は奈津子に対し、愛情みたいな好きだという気持ちは無い。嫌いでもない。その程度なのだが、時々に女性は感じている。
 妹の咲季には全く感じたことのない、男として当然と言えば当然な気持ちだ。



「未来に向けて進むにはどうしたら良いのかな? 奈津は考えてるの?」
 幼い時に一緒に遊んだという馴染みがあるので、拓斗としても応援したい気持ちはある。


「う~ん、考えてない。私、無理したいとは思ってないから」
「でもな、タイムリミットがあるからな」
「どういうことなの?」


「俺が嫁さん貰うことになったら、咲季や奈津にこの部屋を出て行って貰うことになるだろ。そうしたら、奈津は今のままの収入じゃ独り立ち出来ないし」
「私がそのお嫁さんになるって言うのはどう?」
 まるで人ごとのようにあっさり言う。


「それって、逆プロポーズ?」
「違うと思う。ただ、もし私がお店を持つ時が来たら、資金が必要でしょ。私も私の家もお金無いから、拓ちゃんのお嫁さんになれば、その心配無さそうだし」
「そうか。お金か。お金が必要だから俺の嫁さんになってもいいと言う事か」
「だって、その他に理由が無いでしょ」
 実にあっけらかんと答える。複雑な気持ちの拓斗。


「じゃあ、こうしよう。俺に誰も嫁さんが来なかったら、奈津が俺の嫁さんになってくれ。その時に、奈津が好きな彼氏が居ないとか結婚していなかったらで良いから」
「うん、いいよ」


 嬉しいような、物足りないような奈津の返事。深く考えての発言か、単なる社交辞令なような物か。むず痒い拓斗。
 取り敢えず、試験の滑り止めみたいな嫁さん候補が出来たと思うことで、彼は納得する。


 拓斗は、生活に奈津子が加わることで期待したことがある。それは料理の負担。


 菓子作りは厳密には調理と言えないかも知れないが、調理用具は使う。
 卵を割るとか小麦粉を練るとか、果物を剥く、切るに刃物も使うだろう。なので少しは食事用の調理も出来るのではないかと思っていた。
 所が、奈津は料理が下手くそだった。料理の基本である味付け。煮たり焼いたり炒めたりの調理。食材の切り方もまるでなってない。
(お姫様だったのかよ?)


 一応ご飯は炊ける。研いて目盛り線に合わせ水を注ぐだけ。後は炊飯器にお任せ。一、二度実践すれば普通出来るようになる。
 それ以外の料理を実家で学んでなかったのか? 
母親は娘に料理を教えなかったのかと、そんな疑問が湧いて来る。
 拓斗さえ、回数こそ少ないが母親から簡単な料理なら教えられたし、皮むきや洗い物もさせられた。


 仕方ないので、奈津子と生活時間が合った時は咲季が料理の手ほどきをする。拓斗も、一人暮らしだった期間があるので料理が多少は出来る。
 そんな状態なので、拓斗も奈津子と一緒にキッチンに立つことしばしばだった。


 その点、咲季は母親から結構しっかり料理を教えられている。結婚してから夫を外に向かわせない為の一つとして、美味しい料理を提供していれば、それがかなりの武器になるからだと。
 事実か誇張か?


 確かに料理を食べる側からすれば、美味しい料理が出てくれば離れたくない気持ちにはなる。
 料理が、食べるのが、楽しみならば、家族も明るくなれるだろう。

同居人 4

 初春と言うには未だ寒さが残る3月の上旬に奈津子が越して来た。荷物置き場だった部屋を片づけたぐらいで部屋全体の模様替えはしていない。


 咲季の時にはあちらこちらを変えさせられた。今回はスムーズに奈津子を受け入れる。
「ねえ拓兄。相談なんだけど、拓兄が狭い部屋に移って、私たち2人が広い方の部屋に行くっていうのはどう? 開いた一つの部屋はドレスルームにするの。女性って身だしなみが大切でしょ。場所が必要なのよ」
「絶対に嫌だ!」
 拓斗は応じない。


 予めその様な返答を予期していたのか、咲季は直ぐに諦める。咲季はその代わりという感じで、
「私たちの部屋に鍵付けるからね」
 今までは、拓斗の部屋は勿論、咲季の部屋にも鍵は付いていなかった。
 拓斗は止む無しと了承する。鍵を付ける費用を出すのは拓斗である。


 抑も、妹の咲季が来ただけで心安まる自由空間が少なくなった。その上に他人の女性が入る。
 どれだけ気楽さが剥ぎ取られるか。それを思うと憂鬱にさえ思う。


 一方で若い三人。その一人は他人である女性。扇情的な場面を期待したいが、口やかましい鬼妹が居る以上、それも期待できない。
 拓斗は、つくづくメリットのない同居生活だと溜息が出る。


 引っ越しに際して、奈津子は身の回りの物しか持参していない。また、家具関係の店とかを回って、ベッドや整理ダンスなど、最低限要望する物を買わなければならない。


 拓斗は、このまま長く居続けられるのではと不安に駆られる。また逆に、短い間で出て行かれても、処分等に困る。
 人一人増えることは、こうも大変な事なのかと彼は肩で息をする。


 更に大きな問題があった。なんと、奈津子は就職先を決めてなかった。
 彼女が言うには、自分はパティシエを目指したい。全く経験も知識も無いので取り敢えずお菓子店で働きたいと言った。


 なので、働き手を募集している菓子店がないかと聞いてくる始末。先が思いやられる。
就職情報を漁っても、奈津子の願う都合の良い店などない。
 拓斗には、菓子店自体が少ないと思えるし、余り儲かるイメージが湧かない。だが、女性の見る目は彼と少し違ってた。


「ねえ、奈津。私たちでお菓子屋さんを探して見ようよ。味見をして歩くのも勉強になるでしょ。それに、パートとか募集している店、有るかも知れないし」
 即、奈津子が同意する。
「お兄ちゃん、軍資金。奈津のパティシエへの第一歩だから協力して」
 物事を頼む時は、何時もぶりっこの猫なで声を出す咲季。


「ものは言いようだな。お前達がケーキとか食べたいだけだろうが」
 とは言うものの、お金を与えてしまう拓斗。
 拓斗は、自分でも何て性格なんだろうと自分自身にがっかりする。もしかすると、そんな兄の性格を見抜いての咲季の態度かも知れない。


 奈津子と咲季の部屋に鍵が付けられた。
「俺の部屋には鍵交換無しかよ」
「男でしょ。見られては嫌な物でもあるの?」
「別に無いけどさ。でも貴重品とか・・・」


「私たちを泥棒って見るの? 拓兄の部屋なんか入るつもり無いよ。どうせガラクタばかりじゃない。心配なら小型金庫でも買ったら?」
 何故か先住民であり年上の拓斗が、妹の咲季にリードされてしまっている。兄妹の1対1の攻防から、自然と1対2の攻めぎ合いになってしまってる。


 色々ありながらも、こうして3人の共同生活が始まった。


 拓斗24歳、咲季21歳。奈津子同じく21歳。社会人になったのは一年ごと順番なのが面白い。


 奈津子は、運良くケーキ類を販売する店にパートとして働く事が出来た。
 その店は、夫婦と娘の家族で経営していたが、娘が社会人になり、会社勤めを始めるので人手が欲しかった様だ。
 そんなところに奈津子達が現れ、すんなり採用となった。


 子供達がすんなり家業を継がなくなってから久しい。特に個人小企業、自営業主達は頭を悩ますところだ。



【大空ひろし】あさもや/オリジナル曲

同居 3

 拓斗は咲季と言い争うのは苦手だ。勝った試しが無い。なので拓斗は、最後はワンパターンの捨て台詞を残してその場から去るのが常。


「だけどさ、この部屋は決して広くないじゃん。一応三部屋あるので割り振れば何とかなるが、大人3人で生活するとなるときついと思うよ。況してや、なっちゃんは他人で女性。俺みたいな男が混ざって居ると嫌だろう」
「そんな事ない。拓ちゃんは昔から知っているから、全く知らない男性ではないので、私は直ぐに慣れると思う」
 奈津子は、幼い時から拓斗を「拓ちゃん」と呼んでいる。


「あのね、子供の時とは違うの。大人の男女だよ。簡単に溶け込める筈ないよ。ややもすると、同居と言うより同棲みたいになるかも知れないのだから。親は絶対に反対するよ」
「ねえ。兄貴は嫌らしいことを考えてない? 奈津に手を出したいとか?」
 間違ってもそういう気持ちもあるとは言えない拓斗。


「そんな事、考えてる筈ないだろ。たとえ俺たちが納得しても世間はそう見ないと言ってんだよ。他人同士の男女が同じ屋根の下に住めば、当然そう見られてしまうんだって」
「待って。私が居るじゃ無い。いざとなったら奈津を兄貴から守れる壁が」


「そうだけど。やっぱり、同居というより変則的な同棲と見るだろうよ」
「同居とか同棲と思うからいけないのよ。シェアハウスしていると思えば世間の人達も色眼鏡で見なくなるでしょ」
 成る程、咲季の言い分も理解出来る。


 今は、見知らぬ男女が一軒家に住み、各自個室を持ちながら、生活の動線に当たるところは共同使用。
 世間も始めは胡散臭い目で見たが、今ではシェアハウスに対し問題意識が薄くなっている。


「なっちゃんがそれで良いと言うなら俺ももう何も言わない。ただし、親の許可はちゃんと取りなよ」
 奈津子が来春越してくる方向に決まった。


 拓斗が奈津子の同居に反対したのには訳がある。抑も咲季との同居から疲れを感じる。
 妹とは言え、咲季は年頃の女性。色々と制約を言ってくるのが堅苦しい。


 洗面所一つ取っても、拓斗一人の時は歯磨き用具と電動髭剃り器が棚に置いてあったのに、今やそれらは端の方、時には引き出し中に移動している。
 替わって使いやすい場所を占領しているのが、何だか分からない化粧品類など、咲季の物ばかり。


 洗濯物もそうだ。脱衣場で脱いだ服をそのまま洗濯機に入れて置き、適当に洗濯機を回せば済んだ。
 所が、洗濯機に洗い物を入れて置くなとうるさい。そんなに洗い物があるわけでは無いのだから、一緒に洗濯機を回してくれれば節約にもなるのにとおもうのだが、咲季は別にして洗いたいと言う。


 実家では母が纏めて洗っている。多ければ二度三度と。誰それの分とか分けていない。


 人に頼むとそんなに気にならないのかも知れない。否、頼むと言うことは、細かい要求はし難くなる。
 腹立たしい面もあるが、年頃故当然なのかも知れない。


 もっと気分が悪いのは、女性を大上段に構えたり、妹と言う立場で甘えてくる事だ。
 何かに付け、我が儘な言動を取る咲季に閉口して来てる拓斗。
 きっちり教育すれば良いのだけど、やはりそこは妹としての可愛さもある。それもあってか、拓斗は多くの文句を言わない。


 恋愛感情や性的な物を抱かない兄妹だから何とか遣って来られた。そこにもう一人女性が加わったら、自分の居場所が無くなるのではないかと危惧する。
 慣れて来たらその内に、女性2人にタッグを組まれ、益々肩身の狭い思いをさせられるのでは無いかと思うと、安易な同居は始めからしない方が良いと拓斗は考えるのである。


 一方で、奈津子は血縁関係に無い若い女性。男として心ときめかす場面に遭遇出来るかも知れないという期待はある。
 とは言え、咲季の要らぬガードがその妄想を潰していくのではと思うと気持ちが萎む。


 世の中は自分の思い通りに進まない。社会に出てから2年間、拓斗はそれを幾度となく経験している。


 ひとまず同居の方向へと決まったので、拓斗はお金の話を持ち出す。
 妹の咲季は今、部屋代と光熱費など生活にかかる費用の分担金として計2万5千円出させている。
 実はその額も咲季に値切られた金額だった。


 拓斗は奈津子に同額を求めた。すると、
「一人増えたからと、経費が2倍になるわけじゃないんだから、2万円にしてあげなよ。損は無いでしょ?」
 咲季が言い出す。
「そうか。なっちゃんも女性の稼ぎじゃ苦しい面もあるだろうから、俺は構わないけど」
「じゃあ、私も2万円にして」
「何故だよ?」
「同じ年だし同じ女性。差があるのは可笑しいでしょ?」


 咲季にしてやられた。全く小狡い妹だ。そう思う拓斗だが、今更奈津子に2万5千円に値上げしたい、とは言えない。
 最もそういう拓斗も、親が払ってくれているローン。その足しにとしている家賃を、拓斗は気が向いた時しか払っていない。
 彼が一番狡いのかも知れない。


 そのことに両親は一言も文句を言わない。余裕のある収入を得ているからだ。農家も上手に経営すれば儲かるようだ。




【大空ひろし】光の水辺/オリジナル曲

同居 2

 部屋の間取りは3LDK。とは言っても4畳半ぐらいの部屋が二つ。6畳ぐらいの部屋が一つ。そしてLDK。
 正確な広さは分からない。とにかくマンションは壁や柱などにスペースを取られるようだ。


 拓斗は、今までは一番広い部屋に寝泊まりし、狭い部屋2つを物置代わりに使用していた。その手狭な一室が咲季の部屋となった。


「狭いな。これじゃあベッドを置いたら他の物が置けないじゃない」
「仕方ないだろう。これがマンションサイズなんだから」
「ねえ、拓(たく)兄(にい)の部屋と交換しよう?」
 咲季は次男の拓斗を拓兄と呼ぶ。長男の智哉は智兄だ。


「誰がしてやるもんか」
「ケチ」
「その代わり、物置代わりにしている部屋を少し片づけてやるから、そこに物を置いても良いぞ」
「当然よ」


 家族というのは遠慮が無い。好き勝手な要求や発言をする。叶わなければむくれる。咲季は未だ良い方なのかも知れない。


 拓斗は、一緒に暮らすには役割分担が必要と考え、食事や洗い物関係、洗濯、風呂掃除、部屋の掃除機掛けなどを大まかに決める。とにかく最初が肝心だ。
 すると、
「トイレ、気持ち悪いくらい汚かったよ。掃除してんの? 私にさせる気?」


 確かに汚かったかも知れない。掃除なんて1回したかどうかだ。もし、彼女が来るのだったら真っ先に掃除し磨いていただろう。


「トイレ掃除、俺にやらせる気か? これからはお前も使うのだから、納得いくまで掃除しろよ」
「汚すぎる。せめて最初ぐらい拓兄でしょ。見本見せてくれなくちゃ。それに、立ってオシッコしないでよ。回りに跳ねるんだからね」
 やはりうるさい。女は面倒臭いと改めて思う拓斗。


 実家には、建物の中に2カ所と屋外に1カ所と、トイレが3カ所あった。
 実家に居た頃から、2階のトイレは咲季専門だった。なので、用を足す時に座れ、とは言われたことが無い。
 それに掃除は母がしてくれていた。


 夏。兄妹二人の共同生活は意見がぶつかりながらもそれなりに落ち着く。そこに、咲季の友達である女性がマンションを訪ねて来た。
 彼女は短大生。夏休みを利用しての訪問だ。


「いらっしゃい。なっちゃん、久しぶりだね」
 奈津子との再会に懐かしさを感じる拓斗。
「何か変わっちゃったね。男らしくなったみたい。」
「そりゃ、社会に出れば揉まれるからね。自然に逞しくなるよ」


 奈津子と咲季は同級生の幼馴染み。家も近かったので幼い頃は二人で良く遊んでいた。
 二人はお互いの家を行き来していたので、拓斗とも一緒に遊んだことも何度もある。


「都会にこんな部屋を持っているなんて良いなー」
「両親が購入した家よ。何れは拓(たく)兄(にい)の物になるんだけどね」
 咲季が説明する。
「お前達も久しぶりに会ったんだろう? ゆっくり話をしな」
 スマホで常に話し合っていたのだろうけど、顔を見ながら話すのはまた別物。拓斗は気を利かせ、自分の部屋に消えた。


 暫くして、咲季が拓斗に会話に加わるよう呼びに来た。


「あのさ、奈津がね、この部屋に一緒に住みたいんだって」
「何? 短大中退したの?」
「違うよ。来春卒業するでしょ。仕事をするなら東京にしたいのだって。でも、部屋を借りる能力があるかどうか心配なんだってさ」
「私、一人住まいしたこと無いし、お金も家賃払って行けるほどお給料を貰えるか不安なんです」


 咲季と比べて大人しげな感じの奈津子。自分からこのマンションの部屋に住みたいと言い出すとは思えない。恐らく咲季の誘い掛けでは無いかと分析する。


「東京は若い人には魅力だけど、地元で頑張っても良いんじゃ無い? 実家から通えば両親も安心するだろうし」
 拓斗が一人前の物言いをすると、
「何よ。拓兄だって、大学卒業したらサッサと東京に出て行ったじゃ無いの」


 身内とは遣り難い面がある。一緒に暮らして来ているから、性格も行動も知られ過ぎている。
「俺は男だ。大きく羽ばたくには都会が一番手っ取り早いのだよ」
 人生はその人の生まれ持った運に大きく左右される。IQや学歴が高くても成功を成すとは限らないとデーターにも表れている。
一方で、運命はその人の生き方で変えることも出来ると言われている。


 都会に出れば成長する訳では無い。が、遊ぶところは色々あって魅力的なのは間違いない。


「今は男女平等! 男は男はって言う人間は最低よ」
 咲季の言葉は厳しい。



【大空ひろし】ノスタルジー/オリジナル曲

同居 1

 ある日、佐藤拓斗に母親から連絡が入った。
「咲(さ)季(き)がお前の所に住むと言ってる。嫁に行くまで住まわせてくれ」
「えぇー。何だよ、そっちで就職すれば良いだろ。こっちに来なくたって就職口あるだろ」
「都会じゃ無いと仕事が無いんだってよ。文句を言わずに一緒に住め。そのマンションはお前専用に買って遣ったんじゃないぞ」


 都会に比較的近い地方出身の拓斗。3人兄弟妹の真ん中。長男は実家の家業、農業を継ぐ予定なので拓斗は喜んで都会に出て来た。
 妹の咲季は高校卒業後、デザイナー学校に行って、今春就職する予定だった。


「咲季の就職先は決まったのかよ」
「決まったみたい。お前の所から近いってよ。通勤するのに便利な会社を選んだみたいだ」


 拓斗は都内のマンションの一室に一人で住んでいた。


 実家は農家で、都会の消費需要に乗って景気の良い農家の一つだった。そんな農家をターゲットにしたと思われる電話営業に引っ掛かり、親が購入したのがこの部屋。


 お金を寝かせておくのは勿体ない。資産として残るマンション部屋の購入に投資すべきだとか言われたのだろう。
 上手く言いくるめられたとも言えるが、両親は一向に気にしてない。何れ、次男である拓斗の住居にすれば良いという考えだったからだ。


 多めに頭金を入れたので、残りのローンは月々数万円という少ない金額。それを家賃という形で拓斗に払わせる。
 社会に出て始めから楽させたくないという、子供にとっては有り難くもない親心だ。
 そのような理由から、妹の咲季を受け入れ住まわさなければならなかった。


 一年の間、一人で自由気ままに暮らしていた拓斗。妹が一緒に住むとなれば色々と面倒になる。
 二人で住む以上、家事の分担とかを割り振る必要がある。最も、今まで一人で家事や雑事を熟してきたのだから、一人増えれば却って楽になる筈である。


 所が、一緒に住むとなれば今までのように拓斗が全てを担当するのは不公平に思えるのだ。
 更に、いくら妹とは言え、年頃の娘。彼氏とは違う男、拓斗の視線を気にしたり嫌がったりするのは目に見えている。
 男臭いだの、オナラをするななど、余計な注文を出してくるのは必死。本当に面倒臭いと思う拓斗だ。


 服とか小物類は、咲季自身よりも早く宅配便で送られてきた。ベッドとかは部屋に着いてから購入予定だという。
 部屋に合わせて家具類のコーディネートしていこうと言う考えなのだろう。
一応咲季はデザインというものを学んでいる。


 土曜日。咲季は遣って来た。
「明日、家具屋さんに行くから。店、何処が良いか調べてくれてるよね」
「ああ。一人で行ってきな。バス路線印刷して置いたから」
「何よ。一緒に行ってくれないの?」
(早速これだ。だから嫌だったんだ)
 拓斗は態(わざ)と辟易した表情を見せる。


「お前の買い物だろ。まとめて送って貰えば済むんだから。ベッド担いでくる訳ではあるまいし」
「あのね、母さんが、最初は何も分からないんだから、拓斗に教わるんだよって言ってたんだからね」
「女の買い物に付き合うのは嫌なの。直ぐに決まらずウロウロ長いんだから」
「当然でしょ。より良い物を安く買いたいと思うのは、男も女もないでしょ」


 久しぶりに顔を合わせたと思ったら、直ぐに喧嘩となった。拓斗は仕方なく咲季のお供で家具屋やホームセンターを回ることになった。




【大空ひろし】あした/ オリジナル曲