大空ひろしのオリジナル小説

オリジナル小説や音楽を

桜餅を食べて

エッセイなんてものを作ってみました。
本当のところ、エッセイと言えるかどうか? 詩と言うにはお粗末か?
取り敢えず、どうぞ



【大空ひろし】桜餅/エッセイ


単に言葉の羅列では面白くないので、BGMをスパイスにした。
我がオリジナル曲「八重のさくら」です。
文章に上手くマッチしていると感じたので。


読み聞かせというか、朗読ですかね。
これでも、声の質や言葉の速度、抑揚、そして、間の取り方に工夫した。
ソフトは文章を言葉に変換してくれるもの。
そのまま使用は効果的にならないし、詰まらない。
何のソフトでも、大なり小なり自分で手を加えてこそ生き生きしてくると自分は思う。


エッセイの内容は詰まらないが、試しとしてはそこそこの出来。
閃いたらこれからも作って行こうと思う。


以前にも述べたと思うが、詩を創るのは簡単では無い。
自分は文章なら、経験も踏んだのでそんなに苦では無い。
しかし、詩は別物。特に自分は歌詞を作らなければと言う思いがある。
自分のオリジナル曲に歌詞を付ける。或いは歌詞から曲(歌)を作るという野望がある。


文学系にも音楽系にも差ほど能力が無いのに、何故か挑戦したくなる無い物ねだりではあるが、挑戦を続けていきたい。

湯煙閑談 8(最終)

 須内は旅館入り口付近のフロント辺りをうろうろしていた。もう一晩泊まる予定なので、暇を持て余している。
 旅館では雪国体験が出来るよう、雪沓やかんじき、厚手の防寒着などを用意している。
 何時でも外に出られると聞いたが、いいオヤジが一人で雪と戯れるなんて恥ずかしいし侘しい。
 狭いが、お菓子やお土産を並べてあるコーナーがある。その辺りを行ったり来たりしていると、茉莉とその母親が現れた。
 二人は今日帰ると聞いている。


「お母さん、未だ時間がある。ここで少し時間を潰そうよ」
 茉莉が母親に言う。
 母親はどの位時間があるかと聞いて、
「それだけあるなら、私はもう一度温泉に入ってくる」
「よしなって。湯疲れするし湯冷めするかもよ」
「温泉よ。しかもたっぷりなお湯。そうそう湯冷めなんかしないよ」
 母親は茉莉を残して再び浴場へと行ってしまった。


 須内が長椅子で新聞や雑誌を読んでいると茉莉が対面に座る。
「今日帰るんだよね。ちょっとだけ寂しくなるな」
 須内は挨拶代わりに茉莉に話しかける。


「もう母ったら。貧乏性なのかしら、直ぐに少しでもって考えててしまうんだから」
「誰でも思うことですよ」
「ところで、大丈夫だったの?」
「えっ、何が?」
「顔色が悪かったし、フラフラになって歩いていたから」
 茉莉は、今朝須内が浴室を出て行く様子をしっかり見ていた。


「ああ、あれね。少しのぼせちゃったようだ」
「温泉って思ったよりも体が温まるからね。ところでさ、必ず家の店に来てね。ぼったくらないからさ」
「そりゃ安心して行けるね」
 須内は笑う。


「所でさ、最初に2階の浴室でママさんと少し話したんだけど、旦那さんは?」
 須内が茉莉に聞く。
「母は何て言ってたの?」
「上手く誤魔化された」
「そうか。まあ、誤魔化したくなるかもね。母は結婚してないから夫という人は居ないの。ヒモみたいな男は居たみたい」
「若しかして、その男の人の子、なの?」
「本当のことを言うと、母も私の実の父親、分かんないみたい。あの頃は男の出入りが激しかったから」
「茉莉さんは嫌な思いをして来たんじゃ無いの?」
「そりゃそうでしょ。世間体も悪いし、いじめの対象よ」
「苦労してるんだ」
「私ね、間違っても母のような職に就きたくない、絶対に就かないと心に誓ったのよ。だけど、社会に出て数年後には母と同じ事してた。笑っちゃうよね」
「『血は水よりも濃い』って言うけど、抗えずに流されちゃうんだよな」
 須内は、拙いことを聞いてしまったかなと思う。


「その通りね。私も未婚よ。母が店を出すから手伝ってって言われて。その時に居た職場で色々あってね。折角お店を出したんだから、母の店を潰したく無いのもあったし。いつの間にかこの年になっちゃった」
 須内は、これ以上プライバシーに深入りしたくない気持ちになり、話題を変えようとする。


「ところでさ、あのお爺ちゃん達にサービスしてあげたの?」
「まあね。旅館のタオルは小さいし、水分を吸えば薄ら透き通るし、チラチラ見てたから満足したんじゃ無い?」
「冗談だろうけど、温泉に入る楽しみの一つって言ってた。でも、今まで一度も一緒にならなかったんだってね。何時も上手く逃げられていたと残念がっていた」
「それじゃあ、最後の最後で念願叶ったのね。まあいいわ。二度と会うこと無いでしょうから」
「そういえば、この旅館にはもう来ないって言ってたね」
「私たちだけで無く、あのお爺ちゃんお婆ちゃん達も今年が最後の湯治旅行だって。もう年で体力が無くなったとか」
「そうなんだ」
「須内さんは、来年も計画しているの?」
「いや、俺も今回一回ポッキリ。みんな来ないなら、旅館は大変だな」
「旅館の事など心配する必要ないわよ。完全休業するか以前の様な営業するか、自分たちで考えるでしょ」
「ハハハ。違いない」
 雑談を続けていると暫くしてママさんが現れた。母娘2人は旅館を後にする。 見送る須山は、何だか力が抜けた感じになる。

湯煙閑談 7

 とにかく、全ては感染症の広がりだった。


 スナック経営の母娘は、未だ感染症など知られていない時に某温泉旅館に予約を取った。
 一気に感染症の危険度が増した事で、予約した旅館から、準備が間に合わないとキャンセル依頼が来た。


 ママは、
「あら、そうなのー? 折角楽しみにしていたのに」
 嫌みタップリ思わせたっぷりに電話口で言う。


 すると、もしどうしてもと言うなら、少し奥地になるがそこで良いなら別の旅館を紹介すると言った。
 ママは嫌みの積もりだったが、受け入れてくれる旅館があると言われ、今度は断るわけに行かなくなった。
 そして紹介されたのがこの旅館。


「予約先旅館では、うるさい客、嫌な客だなと思ったんでしょね。そういう客の為にここの旅館と事前に交渉してあったんでしょ。ウチの母、ひねくれてる所があるから、言葉付きで分かるんでしょうね」
 茉莉が素知らぬ顔で言う。


 後に分かったのだが、冬場だし客足が止まる時期。この旅館も、見通しが付くまで様子を見ようとしていた。
 来館客と言えば、毎年訪れる数組の湯治客がいるだけ。しかも、その湯治客の殆どがキャンセルした。


 なので、旅館の設備を稼働させたり従業員に出勤して貰うよりは、一層のこと休館した方が良いと女将は思う。
 所が、毎年同じ時期に訪れている湯治客の一組が、唯一の楽しみだから宿泊させて欲しいと強く願った。
 更に、従業員を減らしても良い、その分自分たちが動くからとか、風呂も一カ所でも良いからと申し出て来た。
 そこまで言うならと、彼ら湯治客を受け入れたのである。


 この湯治客達も、一番最初に来た時は五組の夫婦だったが、時が経つに従い人数が減って、今では合計5人。
 その様な状況だったので、母娘の二人なら追加しても旅館側の対応が出来ると急遽引き受けたのだという。


 そんなわけで、母娘が来館した時には既に風呂は一カ所、しかも混浴となっていた。
 混浴が嫌なら家族風呂に入って貰うという段取りだった。


「それで、茉莉さんは家族風呂に?」
「家族風呂と看板掲げてるけど、あれは貸し切り風呂、個室風呂よね。結構狭いのよ。夫婦2人ぐらいなら何とか入れるけど、ちょっと大きな子供がいたら、入りたくないよ」
 そう言うと、茉莉は意識的にニコリとした。


「男女2人が一緒に入るには良いわよ。鍵は掛かるし、狭いけど脱衣所が緩衝となって声が外に漏れないし」
「浮気とか不倫だったら最適とか?」
「そう。店のお客さんの中にも温泉行こうよと誘ってくる人結構居たわ。旅館に行って男女別々に入るなんて味気ないでしょ?」
「確かにね。そりゃ、温泉旅行だから、温泉に浸かるのも目的の一つだろうが、男としたら、やっと連れ出せた女性と一緒に入りたいと思うよ」
「そう、それが一番の楽しみでしょ。あの貸し切り風呂はそのためのお風呂よ。私はそう思う」
 気のせいか、茉莉が格別に色っぽく見える。


「朝焼け願掛けは何時から?」
「願掛けじゃないって言ったでしょ。刻々と移りゆく光、輝き。それを見ていると心が洗われた気分になるの」
「今朝始めて?」
「違う。最初に来た時。去年は殆ど曇っていたから駄目だった」


「混浴仕立てのこの風呂は避けてたんでしょ?」
「温泉宿に来て、狭い浴室に1人で入るなんて、最悪でしょ。私だってたっぷりの温泉湯で、伸び伸び入りたいわよ」
「ご尤もです」


「そりゃ、枯れすぎて刺激を受けても若芽すら伸びないお爺ちゃんでも、やっぱり裸を見られるのはきつい。だから、朝早く入ることにしたのよ」
「お年寄りは朝が早いでしょ? かち合わなかったの?」


「湯治で来ている人たちは、昼間やることがないから温泉に入っては寝ているんですって。ほら、外は雪深いし動けないでしょ」
「そうだね。下手に動き回り疲れて倒れてしまったら、雪に埋まり、雪解けになるまで発見されなかったりして」
「それはないでしょうけど。確かに無理したらまた仲間が減るかもね」
 須内と茉莉は声を出して笑う。


「とにかく、ここに来ると宵っ張りになるらしいの。昼間寝ているからでしょうね。夕食が済むと、カラオケ大会。運動には良いかもしれないけど。お婆ちゃんなんか湯から上がったら電動マッサージ器に座りっぱなし。長い時は1時間ぐらい陣取っている」
「そんなにマッサージしたら、骨がバラバラになるんじゃない?」
「須内さんって見掛けより面白いことを言うのね」


 茉莉は実に上手にタオルを操り、湯船の縁に座る。


 お婆ちゃん達の裸体は否応なしに見た。それに比べ、眩し過ぎる。須内は思わず視線を逸らしてしまった。
 男が見たい部分はちゃんと隠れているのだから、視線を合わせて話してもいい状態ではある。


 そんな須内を見て、
「奥さん一筋なんでしょ?」
 茉莉の母親も同じような事を言った。彼が余程クソ真面目な人間に映るのか?

湯煙閑談 6

「残念だけど、幾ら待っても娘は来ないよ」
「そんなんじゃ無いって。ただ、温泉旅館に来て温泉に入らないのかなと」


「家族風呂というか時間制限の鍵が掛かる風呂が此処にはあるの」
「はい、受付で聞きました」


「娘は一人でゆっくり入りたいみたいよ。お爺ちゃん達に見られずに」
「ははは。そうですよね。娘さん50歳ぐらいですか? 未だお若いもんね」
 ママさんに完全に手玉に取られている感じだ。


 気まずくなったら話題を変えるのが一番。
「所で、旦那さんは、一緒には?」
「旦那さんねぇ。何処に居るのかしら?」
「一緒に店を手伝ってるんじゃ無いんですか?」
「店は私と娘。それに親戚の若い子。結構可愛いわよ。今度いらっしゃいな。あなたと同じ県に私たちの店もあるのよ。どこいら辺?」
 須内は食事時に、既に住んでいる地域を大雑把に紹介している。


 ママはこういう場所に来ても商売を忘れなかった。さすがは経営者と感心する。
 本当は詳細な住所は教えたくない。そこで、彼は町名までに留めた。


「あら、隣町みたいなもんじゃ無い。いらっしゃいよ。娘も歓迎するわよ」
「実は自分は不調法で、酒も飲めなければ女性の方もちょっと」
「だったら、私、昼間カラオケを開いているの。年配者が結構来てくれるのよ。あなた、歌は好き?」
「恥ずかしいですが、歌の方も・・・」


 ママは一瞬間を開けると、
「奥さん看なければならないもんね。無理だわね」


 言葉使いは普通だが、須内には切り捨てられたような侘しさが心の中に広がる。彼はそそくさと湯から上がり、浴場を去った。


部屋に向かう途中、ウォーターサーバー。その能書きには
【冷たい天然地下水】
 と書いてあり、紙ポップが置いてある。
 須内はコップに水を注ぎ、一気に飲み干した。後味の悪い気分を吹き払いたかった。


 旅館の朝は何故か早く目が覚める。いつもより早めに寝てしまった所為もあるのか?


 須山はもう、誰かと会っても話すのを止めようと思いつつ露天風呂のある昨夜の浴場へ向かった。
 朝一番という時間帯だったので、誰も居ないことを願いつつ脱衣所に入る。
 脱衣所を見回した須内はがっかりする。一人分ほど衣服入れ駕籠が埋まっていたのだ。


(出来るだけ離れて入ればいいや。遠くの位置にすれば、話はしたくないという気持ちが少しは伝わるだろう)
 彼はとにかく静かに入りたいと思う。 


 浴場内に入ると、何処を見ても誰も居なかった。直ぐに、露天風呂に入っているのだろうと推測する。
 磨りガラスのように変化したクリアー版仕切りを通して、頭がほんのりシルエットを描いている。
「あれ? あんな髪型の人って居たかな?」
 未だ外は薄暗い。陰は照明の明かりに映し出されているだけだ。


 須内は今来館しているメンバーを一人一人頭に浮かべる。すると、スナックを経営しているという母娘、その娘さんの髪型に似ている。
(若しかして)
 須内は体を温めるのもそこそこに、露天風呂へと向かった。


 つい先程まで、一人でゆっくり入りたいと願ったばかりなのに、彼はそんな気持ちなどすっかり忘れてしまっている。


 冷気が一気に体を冷やす露天風呂。須内は体を小さくしながら急いで湯に入った。
所が、湯温は散々冷たい外気に晒されぬるい。温すぎる。


 外気と湯との温度差も手伝って、湯気が濃く立ち昇っている。その先に肩まで体を沈めていたのはやはり茉莉という名の娘だった。


「おはようございます。もう入っていらしたんですね」
 白々しく言う須内。
「おはようございます」
 茉莉はニコッと笑顔を作った。商売柄、自然に出るリップサービス顔だろうか。


そして、
「そこでは冷たいでしょ。こちらへいらしたら」
(まさか、いきなりの誘いかよ)
 須内は言葉に甘え、喜び勇んで茉莉に近づく。


「朝は湯が冷たくなってて。これじゃ温いと言うより冷たいでしょ?」
「そうですね」
 須内は一応遠慮気味に茉莉と距離を置く。


「私の所、室内の浴槽から溢れたお湯が流れ出る排出口の近くなの。だから、少しは暖かいんですよ」
(成る程、そういう意味で近くに招いたのか。だけど待てよ。会ったばかりの男を近づけさせるなんて普通ではないぞ)
 何が何でも自分の有利な方向に考えが行く。


 あれこれ自分勝手に詮索していると、真理子は胸の前で両手を組みだした。まるで祈るような格好だ。
(何してんだ? 怪しい宗教にでも入っているのか?}
 辺りが徐々に白けだし、山の頂が明るくなって来た。


 茉莉はその山の頂の方に向かってジッと視線を送っている。
「綺麗でしょ。もう少しで稜線が金色に線を引くのよ」


 稜線が明るく輝き出すと、真理子は静かに瞼を閉じた。
(ヤバい。やっぱり何かの宗教だ)


 須山はお湯の冷たさも手伝い、未練を残しながら室内へと戻った。
「やっぱり、寒い季節には熱い温泉が最高だ」
 冷えた体を大量の湯で温める。


 余りの快さに目を瞑っていると、露天風呂に繋がるドアの開く音がした。そこに現れたのは茉莉だった。
 彼女は胸から下へ、短めのタオルで覆い、急いで湯船に入る。


「やっぱり寒いわね」
 湯に浸かると、開口一番言う。


「やはりちょっと、時間が早いんでしょうね」
「温泉の量、蛇口を絞ってるんじゃ無い? 流れている湯量が少ないみたいだし」
 先ほどの祈るような姿、近づきがたい雰囲気が嘘のような文句を言うではないか。


「何をしてたの?」
「心の洗浄」
「祈ると良いことあるの?」
「祈ってるんでは無いです。美しい景色で自分の心を綺麗に洗い流しているんですよ」
 意味が分からない。須内はポケーとした表情を見せる。


「若しかして、私を変な女と思ってない?」
「はあー」
「失礼ね。じゃあ、説明して上げる」
 意外と明るい。茉莉は話し始める。



【大空ひろし】あした/ オリジナル曲

湯煙閑談 5

「あんたん所、姉さん女房なのかい?」
「金の草鞋の価値あったんか?」
 今更違うとは言えない須内。


「とんでも無い。皆さんの所と変わりませんよ」
 憮然として答える須内。そう言葉を返して、直ぐにしまったと思う。
(ここは愛想良く答えた方が良かったな)
 とは言え、百戦錬磨の海千山千。老人達は笑いながら、


「あんた、尻に敷かれとったんだろ」
「違います! 誰があんなでっかいケツに」
 言葉使いが悪くなったのは、男としての自分を大きく見せたいと言う気持ち。そして、介護に疲れた自分がそう言わせる。


「あら、年を取ればね、肉がみんな重力に従って下に行くのよ。腰の辺りで止まるから自然とお尻やお腹が太くなるの。あんたの奥さんだってそうでしょ?」
「そうよ。散々女の尻にかぶりついてきたんでしょ。悪口言ったら罰が当たるよ」
 罰という言葉まで飛び出して来た。やはり口では女性陣に負ける須内。


「でもあんたは偉いわ。女房の介護してるんだから。何時から?」
「5年ぐらい前から。会社を早めに退職して。介護と言うより生活や家事のサポートだけど」
「そうなんだよ。今の若い奴らや子供らは、面倒見るのが嫌だから国に丸投げしたいと思ってる。結局は年寄り夫婦でお互いの面倒看なければならなくなる」


「所であんた、浮気はしてるの?」
 いきなりの話飛びだ。


「出来るわけ無いでしょ。目を離すわけにはいかないんだから」
「そんなに重いの? 足腰の病気」
「杖突いたり支え木に捕まれば動けるけど、倒れて怪我したら大事になるので。未だ両手はしっかりしてるから良いんだけど」
「じゃあ、力が必要な仕事はあんたがしてるのね」


「トイレは一人で行けるのかい?」
「トイレは大丈夫」
「お風呂は?」
「浴室って狭いでしょ。それに滑り易い。倒れたら壁やエプロンのヘリとか危ないし、出っ張ってる水栓器具なんか特に。頭打ったり骨折ったりしたらどうにもならなくなるし」


 一々危険な箇所を説明する必要はなかったが、男とすれば、事情があれ妻と一緒に入浴してるというのが照れ臭い。
 須内は昭和の男だった。


「偉いわー。背中なんかも洗って遣ってんの?」
「まあ」
「仲良くて良いわね。私の連れ合いなんか先にサッサと逝っちゃったもん。二度と一緒にお風呂なんて入れないわ」


「若しかして旦那さん亡くなられたとか?」
「ウチらだけじゃ無い。最初は五組の夫婦で湯治を始めたんだけど、今、夫婦で残っているのは敏江さん夫婦だけ。後はどっちかが死んでる」


 二人の話に、須内は素早く計算する。
「夫婦を除くと、あと三組では無いですか?」


「ああ、もう一組ね。旦那が大酒飲みで、ある晩酔っ払って帰って来て、一人で風呂に入ったのよ。そのまま溺れ死んだらしいの」
「そうそう。酒を飲まなけりゃ良い人だったんだけどね。桂ちゃん、住み続けるのは気持ち悪いって、家を売って娘夫婦の所に引っ越しちゃった。それから縁が無くて」


「では、あの春男さんの奥さんも?」
「由美ちゃんね。あの人膵臓癌だったの。前から腰が痛い痛いって言ってたんだけど。それで、針灸師なんかに通ったけど、結局膵臓癌と分かった時には手遅れでね」


「でも、春男さんは明るい方だから立ち直りも早かったでしょうね」
「持って生まれた性格だから口は達者だけど、偶に凄く寂しそうな顔をしてるよ」
「男は、女房に先立たれるとシュンとしちゃうから」


「その点女性方は元気いっぱいですね」
 須内は余計なことを言う。
 二人の老女はそんあ須内の言葉に応えず遠くを眺める。


 須内は我が妻を思い浮かべる。欠かさずサポートを続けて来た積もりだ。正直そのストレスもある。
 彼は、自分ら夫婦はあと10年持つのだろうかと考えてしまう。


 須内は露天風呂を引き上げて室内風呂に移る。先ほどの夫婦も春男も既に居なかった。
 暫くして、スナックを経営するママさんが現れた。
「あらお兄さん、また会ったわね」
 須山は横行に会釈をする。


 客商売だけにそつの無い動きをして彼女が湯船に浸かる。
「やはり入れ立ては何となく気持ち良いわね」
「入れたってって言いますと?」


「今日、お湯の入れ替えしたんですって。だから貴方も、この旅館に来た時二階の湯室に案内されたんでしょ?」
 湯治客の男手と旅館の男手で、今朝から大掛かりな掃除をしたと彼も聞いている。


「若しかして、自分たちが掃除したから、我々に最初に入らせたくなかったんですかね?」
「どうして?」
「だって、私たち2人は此処に入らせて貰えず、2階に回されたじゃ無いですか」


「それね。さっきカラオケ室で聞いたけど、ほら、一般家庭と違って湯船が大きいでしょ。溜めるのに時間が掛かるのよ。それに、掃除が終わったのが昼過ぎ。掃除で薬品も使ったみたいで、その臭いとか取るために暫く置いて、その後に溜め始めたから食事前には間に合わなかったんですって」
「そうだったんですか」
 やはり、何も知らないと余計な不満を抱いてしまう。


「所で、娘さんは?」
「あら、貴方も娘の裸を見たいの」
「止して下さいよ。そんな積もりで言ったんじゃ無いですから」
「いいのよ。私、水商売長いのよ。殿方のそんな好きな所、分かっているわよ」
 さすがベテランママさん。須内のスケベ心など簡単に見抜いている。