大空ひろしのオリジナル小説

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過去から今日は 19

 新たな展開


 駿人は自分の部屋で、怒るやら安堵するやら、気分が落ち着かない。
「おーい、お静! 居るのか?」


 暫くして、
「うるさいな。もうウチの事は消えて欲しいんでしょ? 呼び出さないでよ。アラジンに出てくるランプの精の魔人じゃないんだから」


「あれ? 俺の召使いじゃ無かったっけ」
「冗談は止してよ。ウチを気軽に使おうなんて考えないで! そんな事したら、ウチ滅茶苦茶に生きて、駿の将来を悲惨にさせちゃうよ」


「分かった、わかったよ。悪かった。所でさ、茉莉はおっさんと旅行に行ったって、お静は言ったよな」
「そうよ。チラッとその幻影が見えたのよ」


「その、おっさんというのは茉莉のお父さんだったんだぜ」
「あら、そうなの?」


「あら、そうなの、じゃないよ。俺、危うく余計な行動をする所だったんだぜ」
「余計な行動って? ハハーン。茉莉を追っかけて、『殺してやる』とかいって、出刃包丁振り舞わすんだ」


「俺は間違ってもそんな事しない。ただ、話を聞きたかっただけだよ」
「男は皆、そうやって冷静さを装うが、その実、頭の中はカッカカッカ来てるんだよな」


「違うったら。茉莉はな、父親を温泉旅行に連れて行って遣ったんだよ」
「へー、いい話じゃん。しかし、父親と一緒じゃ、嘸(さぞ)かし面白くなかったろうな」


「面白いとか面白くないとかじゃないんだ。親孝行だったんだよ。母親は親孝行もして上げられないうちに死んじゃったからだってさ」
「益々いい話じゃん。で、その資金をパパ活で稼いでいたと言うことか」


「違うぞ! バイトしてたんだよ。茉莉の他に3人の兄や姉がいて、父親の分はその3人が出してくれた。茉莉は自分の使う分をバイトして稼いでいたんだ。彼女はお静が言うような女じゃ無い。偉いんだよ」
「へー、それはそれは。でもさ、駿は結局振られたんだろ?」


「何故そうなるんだ?」
「だって、LINEとか言う奴を送っても返事が来ないんだろ。幾らバイトが忙しいからって、ズーッと返事をよこさないのは、駿に飽きたんだよ」


 静子に痛いところを突かれた駿人。言われてみれば正にその通り。返事を返すぐらいの時間はタップリある筈。
 駿人の気持ちは一気に下がった。


「なあ駿。何度も言うけど、女ひとりに一喜一憂し過ぎるんじゃ無い? 男には男の成すべき物があるんじゃ無い? そちらに注力しなよ」


「うるさいな、出戻りが」
「失礼ね。ウチは出戻っていないわよ。未だ無くなった夫の両親と暮らしていたのよ」


「あのね、男ならとか男らしくとか、女は女らしくって。そう言うのって今は性差別に当たるんだぜ。男女平等の世界。昔と違うんだ」
「何言ってんのよ。世の中差別だらけじゃ無い。男女関係なく貧富の差はあるし、病気の有無も。見掛けの差もものすごいじゃ無い。差別だらけよ。ウチみたいに美人に生まれれば、それなりに良い思いが出来るけど」


「だから、そういう差別を無くして、みんなで平等な社会にって、頑張ってるんじゃないか」
「無理無理。生まれた時点で親や家庭が違うんだから、その時点で既に差別でしょ。100万年掛かったって平等になんか出来っこないよ。それより、お互いが理解し合い、協力し合える様にした方が余程早い」


 静子の言い分も最もだと思うようになる駿人。と、同時に、何故こんな展開の話になったかと、慌てて話を元に戻す駿人。


「違うんだよ、俺が言いたいのは。お静はあやふやなことを俺に吹き込むなと言いたいの」
「そうね、分かったわ。折角知ったことを事前に教えてあげたのに、そんなこと言われたんじゃウチも馬鹿らしいだけ。じゃーね」


「おいおい、消えろとは言ってないだろ」
「ウチの話を聞きたくないんでしょ。もう用が無いでしょうが」


「まあそう言わずに。一つだけ聞きたい。お静は茉莉の様子を見られるのか?」
「さあ。どうでしょうね?」


「拗(す)ねるなよ。今、茉莉に男が居るのか知りたいんだ」
「自分で調べたら。包丁持って」


「止めてくれ。俺が悪かった。で、どうなの?」
「全くもう。ウチがこんなに美人で性格良いのに、私の未来身である駿はなんて情けないんだろう」


「全てはお静の責任。責任を取りなさい」
「ハイハイ。・・・茉莉の周りには現在彼氏のような男は居ないみたいよ。でも、さっきも言ったけど、駿にはもう関心が無いと諦めるべきね」


「分かった。ありがとう・・・」
 静子の姿は消えた。が、遠くから彼女の声が聞こえた。
「秋葉原のメイド喫茶へ行けば」


 
【Music】パパパパパウ
【くだらない曲だけど、出来ちゃったので。お時間がある人は退屈しのぎに聴いて下さい。】

過去から今日は 18

 違った真実


 母親には豪放磊落という表現が相応しい。しかも、遠慮無くドシドシ駿人の心の中に入って来る。
 駿人はどちらかというと父親似。大人しく、見た目より神経は繊細だ。


 そんな息子の性格を知ってか知らぬのか。母親は言い難(にく)いことでもズバズバ話してくる。
 当然、青少年時代の駿人としては心が傷つき母親を憎むことがあった。しかし、大人になり振り返れば、そのことが返って駿人を救ってくれたと思う所も数多い。


 父は、そんな母が好きになったのか、それとも押し切られたのか? 何れにしても、今は問題なく夫婦で居るので、これはこれで良かったのだろう。
 そんな母親の性格を少し貰えば良かったのだろうが、駿人は結構こだわる性格だった。


 最近駿人は、土日休みのどちらかの日には、手賀沼のサイクルロードを走る。身体を鍛えるためでは無い。茉莉の姿を求めているのだ。
 本当は、ストーカーまがいな事をしたくない。会って嫌みの一言でも言いたいのだ。とはいえ、その行為自体がストーカーみたいな物だが。


 1ヶ月ぐらい過ぎたある日。この日は冬の季節の割には比較的暖かかった。それもあってか、ロードバイク乗りが多かった。
 駿人は、走りながらもバイク乗りの女性に視線を向ける。というより、茉莉が愛用しているヘルメットを探しているのだ。


 そんな時、やっと茉莉と同じヘルメットを被った女性を見つけた。声を掛けると、最初に茉莉から走り方を学んだ時、一緒に居た女性だった。
 駿人は彼女を呼び止める。
 彼女も駿人を覚えていたのか、気軽に応じてくれた。
  
「今日は茉莉ちゃんと一緒じゃ無いんだね」
「先輩ですか? 先輩は今バイトで忙しいんですって」
 彼女は茉莉の後輩のようだ。


「バイトかー。どんなバイトしてるの?」
 それとなく聞く。
「詳しくは知らないんですが、食べ物関係の店みたいですよ」


「卒業旅行って結構みんなするよね。その資金を稼いでいるのかな?」
「先輩は卒業旅行には行かないと思います」


「どうして?」
「だって、もう行って来たと言ってましたから」


「何処に? 海外かな?」
「温泉旅行。でも、あれって卒業旅行って言えるのかな?」


「誰と?」
「先輩のお父さんと」
 駿人にとっては予想外な言葉だった。


 駿人は、静子の言葉をストレートに受け止め、茉莉はてっきりパパ活で金持ちおやじと旅行に行ったと信じ切っていたのだ。


「お父さんと? 卒業旅行としては随分と面白い組み合わせだな?」
 駿人は完全に信じ切れず、呟く。


 すると、後輩に当たる女性は旅行に行った事情を駿人に話す。


 茉莉の母親は数年前に亡くなった。茉莉は父親と2人で暮らしている。茉莉は4人兄弟姉妹の末っ子。
 上の2人は既に結婚している。茉莉の直ぐ年上の兄は一人暮らし。


 兄弟姉妹は、母親の三回忌が済んだところで、父親を労う積もりで父の温泉旅行招待を考えた。
 上の3人は働いているので、お金を出し合い、末っ子の茉莉はお金を出さない代わりに、父親の付き添いをすると決まった。


 さすがに若い茉莉は、父親との旅行を渋ったが、生きている内に親孝行をしたいという兄や姉たちの言い分に負けた。
 母親には、親孝行も出来なかったという残念な気持ちからだった。


「そうだったんだ」
 パパ活旅行と疑った自分を情けなく思う駿人。
「でも、先輩もそれなりに楽しんだみたいですよ。温泉は定番として、そのほかは自分の行きたい所に行ったみたいですよ」


「どんな所に?」
「スキー場だとか言ってました。先輩は、温泉地をスキー場近くにしたそうです」


「ほんとに? お父さん、旅行楽しめたのかな?」
「どうでしょうね。でも、子供達に旅行プレゼントして貰っただけでも嬉しかったのではないでしょうか」


「そうかも知れないね。何となく分かる」
「先輩が偉いなと思うのは、自分の遊び分は自分で稼いだと言う事」


「成る程。自分の分ぐらいは自分でお金を出そうとした訳か。それでバイトなんだ。今も続けているところを見ると、かなり予算オーバーしたのかな?」
「それもあるかも知れないけど、何か、お金を稼ぐことに目覚めちゃったみたい」


「ハッハッハッハ。自分の自由になるお金が増えるのは、凄い魅力だもんな」
駿人は何故か異様に明るくなり、笑う。


過去から今日は 17

 新たな不思議


 年も明け、新年の決意も無いまま駿人は惰性の中に居た。


「よう、元気だったか?」
 静子の登場だ。


「久しぶりだったね。また過去身の話をしに来たのか? 退屈しているから聞いてあげても良いよ」
「それがね、ウチ、死んじゃったみたい」


「何、それ?」
 駿人は思わず身を起こす。


「俺は、本来そんなことどうでも良いのだが、で、俺の未来はどうなっちゃうの?」
「ウチも分かんない? 若しかしたら、ウチ、諸天に干されたのかな?」


「もう俺、そんなのどうでも良い。俺に関わらなければ」
「若しかしてウチ、過去に戻れないかも知れない」
 静子が大仰に訴える。


「それも良いんじゃ無い? どうせ、仙人みたいに霞食って生きているだろ? 適当に浮遊していられるじゃん」
「確かに、何も食べなくても存在していられるのよね」


「良いな。俺も、何も食わなくても生き続けられるのなら、好きな時に寝て好きな時に行動出来るのにな」
「でもさ、ウチみたいに実態が無いのも辛いよ。何も影響させられない世界にどう生きたとしても、面白くないでしょ?」
  
「そうなんだ。お静はもうこの世で何も影響及ぼせなくなったんだ」
「強いて言えば、駿を少しだけ動かせるのかな。だから、何もかも忘れて仲良くしよう」


「無理だろ。そんなこと天が許すわけ無い」
「だったら、駿の人生を一緒に楽しみたい。えっ、若しかして、ウチが駿と結婚したいなんて考えてると思ってるの? 止めてよ、そんなこと」
 静子が勘違いするなと言ってくる。


「とんでもない。俺だって御免被りたいよ。でもさ、消えることも出来ないのなら俺の周りをウロウロするのもしょうがないな。可哀相だから許してやるよ。ただし、邪魔しないでよ」
「うん、分かった」


「何だ、今日は随分しおらしいじゃ無いか」
「もう、ヤケクソよ」
「おいおい。まあ、こんなの体験できるのは、若しかして俺だけかも知れないから、良いか」
 最近の駿人は、静子の存在に大分慣れて来た。


「サンキュウー。ところでさ、茉莉に振られたんね」
 静子に、痛いところを突かれた感じだ。
 実は、駿人がパッとしない新年を迎えた訳は此処にある。


 それしても、静子という過去身はどんな性格だったのか、駿人には掴み切れないでいる。
 折角、広い心で静子の存在を容認してやると言ったのに、駿人が心を痛めている事柄を面白そうにズバリ突く。
 思いやりという物を知らないのか? ほんとに育ちが悪いと感じる。


「どうしてそう思った?」
 駿人は苛立ちを押さえて、言葉穏やかに聞く。
「だって彼女、おっさんと温泉に行ったよ?」


「何だよ、なんで知ってるんだよ。どうして分かるんだ?」
 駿人は、驚きの余り興奮して矢継ぎ早に質問する。


「ウチね、注目している人の過去は何となく見えるの。限度はあるけどね。その代わりなのか、未来は全く見えなくなったけどね」


「茉莉がどこかのおやじと温泉旅行に行ったというのは本当なのか?」
「良いじゃ無い。あの子、駿には相応しくなかったのよ。前にも言ったけど、女なんてそこそこ居るんだから」


 静子の言葉が殆ど耳に入らない駿人。惚れやすいタイプかも知れないが、さすがに手に入れた女性に逃げられるのは、相当な落ち込みとなる。
 しかも、一時の発作かも知れないが、結婚したいとまで考えた女性。


 ふと気がつくと、静子の姿が消えていた。
「お静の奴、気を利かせた積もりかよ。中途半端で消えやがって。返って凹むじゃ無いか」


 世間の新年の華やかな雰囲気に混ざること無く、1人で寂しく部屋に閉じ籠もる駿人。
 階下では、親戚が集まってわいわいと話に花が咲き乱れている。ひときわ大きな母の馬鹿笑い。
「幸せで羨ましいなー」



【Music】霞の春
【さとうさららの歌声で、歌「霞の春」をLINEMusicやYouTubeMusic他数社で
楽曲配信しています。ご利用下さい。】

過去から今日は 16

 今まで彼女が居なかった駿人に、どう間違えたのか待望の彼女が出来た。しかし、彼はそれで喜び安心した訳では無い。
 ややもすると、彼女を手放したら二度と自分に、彼女なり結婚相手が現れないのでは無いかと時々不安になる。
 何せ、自分の過去身である静子は、男に対して手玉に取るように冷たく接して来た。
 未来身の自分がその行いの責任を取らなければならないのなら、自分は今後、女性との縁は期待できない公算が高い。


「おーい、お静。聞こえるか?」
 暫くして、
「うるさいな。気易く呼び出さないでよ」
「あんたさ、普段何してんの?」
「聞くなよ。ウチだって良く分からないんだから」
「よくそれで、現れられるな? 天空から俺を見ているのか?」
「気づくとそういう時もある。実際問題、ウチに心があるのかどうかも分からないのよ」


「魂ってそんな存在なんだ。所でさ、お静が死にかけていた時に、訳の分からぬまま俺の前に現れたんだろ。あれから随分時間が経っているけど、結局お静の命は助かったと言う事なのか?」
「どうやらウチは、時間という概念が無い超異次元世界に居るみたい」


「ほほー。何だか分からないけど、本当はもう死んでいるんじゃ無いのか?」
「馬鹿言わないでよ。だとしたら私の子、助からないと言う事よ」
「だってさ、何時までも今世に留まっているんだもの」
「そうなのよ。ウチも段々、どうでも良くなってきちゃた」
「『子供の命がー』て、騒いだのに? どうでも良くなった? 何それ? まさか、この世に居座り続けるってならないよな」


「なによ。駿はウチを過去に追い遣りたいの?」
「そうだよ。やたら付き纏(まと)われると不安になる。ストレスが堪るんだよ」
「そうなのね。ウチもね、白黒付けて早く過去に戻りたいわ」
「お静が死んだら戻れるんじゃ無い? もう一回、海に入ったら?」
「どうしてもウチを消したいのね。だけどね駿、私は自ら命を絶とうとした人間。もし死んだら、未来身である駿は大病を患うかも知れないよ」
「どうして?」
「自分の命を捨てたのよ。要らないって放棄したの。自分の健康な身体を粗末にしたのよ。だから、今度は駿が病気で、凄ーく苦しむかも。いや、病気だけで無く事故とかであの世行きになるかもよ」
「恐ろしい予言をするな。俺、あんたが嫌いだよ」
「好き嫌い言ってもどうにもならないでしょ。何故ウチを排除したがるの?」
 駿人は静子の問いに、なかなか答えられない。


「お静が居ると、茉莉との仲が壊れるんじゃ無いかと思って・・・」
「茉莉がそのような事を匂わし始めたの?」
「最近、LINEの返事がね」
「もうじき卒業でしょ。卒論とか言うので忙しいんじゃ無い?」
「そうかな? 俺は余り悩まなかったけどな?」
「若しかして、新しい男が出来て、その男と卒業旅行に行きたいと思っていたりして」
「言うな! よくそんな事を言えるな。俺の胸に刺さるじゃ無いか。痛過ぎる」


「気にすんなって。地球に居る人間の半分は女だ。ただ、年配者と子供を抜くとまあまあ減るけどね。更に、結婚している女性を除くと・・・。案外少なくなるな。そうだ、多分、駿には縁の無いだろう外国人女性も除かなくちゃ」
「止めろ! もういい。消えてくれ。呼んだ俺が馬鹿だった」


「駿。茉莉の態度次第ではすんなり諦めるのよ。ストーカーなんかにならないでよ。折角良い方向に向いた筈なんだから」
「筈かー。確実じゃ無いんだな」
「確実にするのは駿次第。頑張れ」
「慰めにも、励ましにもならない言葉、ありがとう」
 駿人は、静子が何の役にも立たないと知り、がっかりする。


(新たな男と卒業旅行かよ)
 まだ、全く分からないのに、静子の言葉が駿人の頭の中でガンガン広がる。

過去から今日は 15

 経験値


 駿人と茉莉の仲は順調に進む。ロードバイクで一緒にサイクリングコースを走る。それがやがて、自転車を離れてもデートをするようになる。


 茉莉は学生。普通の家庭出身なので当然お金に余裕が無い。何処に行くにも交通費、食事代を駿人が出していた。
 駿人はそれを惜しいとは思わない。


 初めての、所謂彼女と呼べる女性。初キスもした。軽く身体も触らせてくれた。その先が待ち遠しくて堪らない。
「茉莉が欲しい」
 駿人は遂に思いを告げた。
 静子の愛人、士官候補生・昭一の様に思い切って言ってみたのだ。
「いいよ」
 意外にもあっさり答えてくれた。


 余りにも簡単に応じてくれたのが、駿人を気持ちを少し不安にさせるから不思議だ。
(若しかして、茉莉は結構男と遊んでいるのでは?)
 駿人が茉莉を好きになったばかりに湧き上がる複雑な気持ちだ。


 とはいえ、例えどうであろうと欲情が優先するのが男。2人はラブホテルに入る。
 一度は経験済みのラブホテル。駿人に不安は無い。



「とうとう念願叶ったな。彼女を作れたし、一緒に寝られたじゃない。どうやら、生命の傾向性が駿の望む方向に向いてくれたのかも知れないね」
 久しぶりに静子が現れ言う。


「それなら良いけど」
「何だ? 思いが叶ったというのに、不満なのか?」
「茉莉は結構遊んでいるみたいなんだ」
「男との経験が十分過ぎる程あるというのか?」


「うん。あの時も全く緊張した様子が無いし」
「まさか、以前の風俗嬢みたいな対応だったのか? 可哀相・・・」
「そこまででは無かったけど。やっぱり俺、可哀相過ぎでしょ?」
「そうなのか? 所で、駿は今後も茉莉と逢いたいと思っているの?」


「うん。お静の前だから言うけど、好きになっちゃったからな」
「茉莉の方は? 次のデートの約束したの?」 
【LINEでは話している。お互い色々都合があるから未だ次の日程は決めて無い」
「良かったじゃ無い。少なくともあっちの方は茉莉に及第点を貰ってると言うことだから」


「あっちの方って?」
「馬鹿ね。言わせないでよ。体験豊富なんでしょ。なのに、経験の浅い駿をOKしたんでしょ。だから、これからも付き合ってくれるんじゃ無い。喜ぶべきよ」


「ちょっと待てよ。茉莉が経験豊富だというのは俺の想像。彼女が遊び人かどうかは分からないよ」
「ハイハイ。何れにしても、愛に他の男と関係が深いだ数が多いだなんて事を挟むのが可笑しいよ」


「好きだからこそ、気になるんだ。嫉妬するんだよ。男は女と違う」
「そんなに変わらないと思うけどな。ウチらの時代だって、夜這いの習慣があった。江戸時代なんて性に関して大らかだったのよ。今また、そんな時代になったと思えば良いじゃ無い」


「そんな簡単に言わないでよ。気持ちはそう簡単に割り切れないもんなんだ」
「だったら、駿も茉莉と付き合いながら他の女と付き合えば良いじゃ無いか」


「そんな器用な事は出来ない。愛など関係無いホストとは、俺は違う」
「あー、嫌だ嫌だ。面倒な未来身だな。もう、茉莉を諦めなさいよ!」
「いや、俺は諦めない」
「勝手にしなさい」
 静子は消えた。


 茉莉との仲は直ぐには壊れなかった。毎回とは行かないが、関係を持った後は、駿人の気持ちも最初の頃とは違って来ている。
 駿人は、気持ちのどこかに茉莉との結婚を考えていた。未だ大学を卒業していない茉莉に、その様な言葉を匂わすのは早過ぎるとは思っているが。


 とはいえ、叔父の家での話が頭の中でチラチラする。
 従兄弟である賢治の母親が、息子の結婚を心配し、どんな形であれ、早く結婚して親を安心させて欲しいと言っていた。
 駿人の両親も、そんな気持ちでいるのかと気にはなる。



【song】駄目なんだから